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正直になること

白山イオンで食べた、鶏と菜の花のマスタードパスタ。


朝から大学の仲のいい友だち4人でお出かけした。

この日以前から個々のLINEで「体調は大丈夫?」とか「出かけないで誰かのお家でゆっくりする?」とかきてた。

心配されるのが苦手な私は、そういうLINEがくる度に複雑な気持ちで返信した。これ以上心配されたくないから、元気であることにした。

行きのバスの中でも、白山イオンでも、帰りのバスの中でも、一息着いたくらいで個々で調子を聞かれる。

自分のことをここまで心配してくれる友だちに感謝しかないけど、やっぱり苦手だった。その心配に、嘘で返事をしている自分も嫌だった。

そのせいで、疲れたりお腹空いたりしてもなんも主張できなくて、楽しかったけど大分心も身体も疲れた。

夜は21時から沖縄と東京の知り合いと通話をした。

月1でしか話さない上に、オンラインで知り合ったから普段顔を合わせることもない。だから、家族や友だち以上に自分のパーソナルな部分を話せる。ここならいつも、少しだけ正直に自分の話ができる。

以前までは、他2人の方が元気がなかったような雰囲気だったけど、2人とも最近になっていろんなしがらみから解放されたらしく、すごく元気に話していた。

だんだんとついていけなくて頭がぐるぐるしてきて、どきどきしてきて、話せなくなった。

私に話が振られて、ようやくなにか話すことにした。

さすがにどうしても正直に話したくて、最近元気がないことと、休学しようかと考えていることを伝えた。

2人には、「自分を大事にしてください」「休学いいと思います」と、いつもの控えめな雰囲気と打って変わって食い気味に言われた。

普段は自分だけで悩んでいるから、誰かにここまで背中をおされたことはなかった。

正直に話すとこんなに楽になるのかと、涙が止まらなくなってしまった。

「2人とも解放されているのにこんな話してすみません」と言ったら、またもや食い気味に「いや!解放されてるからこそ伝えられることもあると思います」って言われて、自分は他人に対して期待しなさすぎなのかなと思った。

誰かに心配されたり、自分が悩みを話したりすることは、相手にとっては負担でしかないと思っていたから、無意識のうちに他人を頼らなくなっていた。

もちろん負担がないわけじゃないとも思うけど、こうやって月1でしか話さない相手だって、親身に話を聞いてくれるなら、もっと頼ってもいいんじゃないかと思った。

「遠回りなりに成長できることもあると思います」って言われたとき、すごく安心した。

自分では正直、休学は周りに遅れを取るし、頑張れば大学行けるんじゃないか、甘えてるんじゃないかとずっと思っていた。

ずっとブレーキがかかった状態で、けどその一言が背中をおしてくれた。

そもそも、「頑張れば」大学行けるって、今ただ毎日をぼーっと生きることすら頑張らないとできないのに、これ以上どう頑張れるんだろうと思った。

これから、家族や友だちにも正直になれるかどうかわからないけど、なるべく努力したい。



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