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短編小説、物語いろいろ

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「巴の龍(ともえのりゅう)」「love's nigt」「ある独白(我が永遠の鉄腕アトムに捧ぐ)」「カオル」「甲斐くんの憂鬱」続々増えるよ
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2021年7月の記事一覧

巴の龍 #1(地図付き)

そぼ降る雨が少女の体を容赦なく濡らしていた。 北燕山(ほくえんさん)の奥深く、 人も通わぬ 獣道で、少女は泥にまみれ 着物をひきずるようにして歩いていた。 杉木立が生い茂り、遠く近く 獣の鳴く声が響いてくる。 少女は足を止めず、ひたすら歩く。 よく見ると着物は ところどころ破け 長い髪も雨に濡れて 顔にべたりとはりつき そして その顔を見た者は  誰もが生気のなさに驚くだろう。 雷鳴がとどろいても 少女は足を止めない。 少女の視線が稲光をとらえた。 「

巴の龍 #2

手紙は兄のように育った兵衛(ひょうえ)が 書いたものだ。 葵(あおい)が半分ほど読み終える頃、 洸綱(たけつな)は へなへなと座り込んでいた。 床に手をつき 目もうつろだ。 葵はかまわず読みすすみ、最後まで読み終えると 手紙を床に 叩きつけた。 そのしぐさに 思わず顔をあげる洸綱。 「父上、こんなこと書かれて黙ってるおつもりですか?」 葵の声は怒りにふるえている。 その様子に洸綱は ゴクリとつばを飲み込んだ。 「ふざけるんじゃないよ。 長々育ててもらっ

巴の龍#3

ドサッ! 弓に射抜かれた山鳥が 止まり木から落ちた。 北燕山(ほくえんさん)は 昨日の雨が嘘のように晴れ渡っている。 まさに狩り日和。 この山の奥に住んでいる大悟(だいご)は、 変わりやすい山の天気に嫌というほど 悩まされてきた。 雨や雪が続くと、父と二人じっとして空腹に耐える。 瓶(かめ)の水が底をつき、雨水や雪で飢えをしのぐ。 だからこそ、晴れた日は少しでも獲物をとり、 干物などにして保存しておく。 今日は父も樹林川(じゅりんがわ)に行っているはず

巴の龍#4

「敵か?」 今度は丈之介(じょうのすけ)が首を振る。 「気を失っているようだ。 寝かせてやりたいが、こう泥だらけではな」 丈之介は 大悟(だいご)をチラリと見た。 「わしが着替えさせる。後ろを向いてろ」 大悟がけげんそうな顔をした。 「女だ。見たことがないのだから、 わからないのも無理はないが。 おまえとそう変わらん年だろうが、 おまえは見てはならん。」 丈之介に言われて、大悟は後ろを向いてすわった。 父にそむくつもりはさらさらないが、 何故見てはい