06. なんでもない月曜日に考える、自分を愛するとは何か
「あっちのシャワーの方がいいね。」
私と同じシャンプーの匂いをまとった彼が、そう言いながら部屋に帰ってきた。
ここに住んでもうすぐ1週間。7人で一軒家をシェアしている。シャワールームは2つある。
彼が私のコンディショナーを借りたいと言っていたので、今日はいつも使っていない方のシャワールームを使ったようだ。
部屋に戻るなり私を見て彼は言った。
「どうしたの?そんな顔して、何かあった?よし、じゃあ今から元気がでる音楽を流してあげるよ。」
そう言うと彼のスマホから、「元気になる曲」にしては少し暗いような戦慄で始まる曲が聞こえてきた。芥川也寸志の交響曲第1番、Andante。
そして彼は話し始めた。
「これは芥川龍之介の息子が書いた曲。俺はこの曲を聴くと元気がでるんだ。なぜか?
この曲を作るに当たって、芥川龍之介の息子は色んなものと戦っていた。
あの芥川龍之介の息子が作る曲ならすばらしいにちがいない。そうみんなが期待していただろう。
こんなんじゃダメだ。こんなんじゃだダメだ。芥川の息子はそうやって何度も書き直した。
そしてやっと完成して、ひとつの音楽を発表したんだ。」
「彼は色んなものと戦っていた。父親の偉大さ。周りからのいわれのないプレッシャー、自己嫌悪。
だから音楽を発表したこと自体に意味がある。そういうものに打ち勝ったということ。これはひとつの勝利なんだ。」
「つまり俺が言いたいのは、
今は自分のことを愛せないかもしれない。
自分のこと愛すせるようになるには時間もかかるし、犠牲を払わないといけない時もあるかもしれない。
愛するためには努力がいるし、自分や他人と戦わないといけないかもしれない。
そうやっていつか本当の意味で自分を愛せるようになるには、血や涙を流さないといけないと思うんだ。心の中で誰にも見えない、血と涙をね。
俺たちが感動しているものって全部そうじゃない?映画も本も音楽も。誰かが何かを犠牲にして作り上げたものばかりだよね。」
そう言うと彼は、やっと髪を乾かし始めた。
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