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やくそく

「ぜったい、手紙かくから。返事おくってね」
丸いメガネの奥が少しうるうるしている貴美子に、わたしはなんとも曖昧な返事をしたような気がする。

わたしは今まで一体どのくらい、同じ言葉をおくってきただろう。
もちろんそう言うくらい仲の良かった友達には、ちゃんと手紙を書いた。お気に入りの花模様の便箋に、緑のミルキーペン。千葉や、東京や、フランスに行った何人かからはちゃんと返事も来て、何度かやり取りをした。最初のうちは、そのあとクラスで起きた出来事をいくつも書いておくっていたのに、段々その子の知らないクラスメイトが増えて、そのうちに書くことがなくなってしまった。

そんなことを5年くらい繰り返して、今度はわたしが言われる番になった。たくさんのサイン帳、お別れの手紙、プリクラを持たされて、このまま車に乗り込めば5時間後には新天地。後部座席のドアは開いていて、お父さんもお母さんも弟ももう乗り込んで待ってる。初めてドライブをすることになった金魚の水槽には大きなビニール袋が被せられていて、水面はびっくりするくらい上下に大きく波打っている。こないだの夏祭りですくった3匹の金魚は、状況を知ってか知らずか、水の中でじっとしていた。

どんな言葉で別れを告げて、どうやってドアを閉めたのか、覚えていない。ただ、バックミラーごしに目が合ったお父さんに「うしろ!」と言われ振り返ると、バックウインドウの向こうに小さく、こちらに向かって手を振りながら走ってくる佳奈と貴美子が見えた。
バックウインドウにはメッシュの模様が入っていて、よく見えない。信号が赤になって少し停車しているうちに、ほんの少し大きくなったふたりのシルエットは、エンジン音とともにみるみるうちに小さくなった。

後部座席の背もたれに半分顔を埋めながら、早く次の角曲がってくれないかなと思った。

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