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#199 素直になりたい


「なんか甘くていい匂いがする、なんだろう‥‥」
そう呟いた私に、

「サルビアじゃないかな」
3m離れたところから夫が言う。(3mという絶妙な距離が今の私たちなのだ)

別に訊いたつもりはなかった、思わず声になってしまっただけだ。
香りの正体らしいものがわからないのに、信じられないくらいにいい匂いがしてたから‥‥

今日、夫に対して腹を立てた。口をききたくない時間が過ぎた。
その後独りになって、感謝しよう、謙虚になろうという日頃の心がけはなんだったのか、と自省した‥‥ いや、すごくしようとした。
なのに、荒だった心はそんなに簡単になぎには戻らない。
「さっきはごめん」「わたしもごめん」‥‥そう言い合った後だというのに。
夫のために夕飯を作り、彼はデザートを用意し、庭のピクニックテーブルで向かい合って食事した後だというのに。



家具の再生を仕事としてやっていくと決めてから、私は地域のマーケットプレイス(SNSを通じて売り手と買い手のコミュニケーションが取れる場)を熱心にチェックするようになった。
SNSでのやり取りの後、不要になって手放したい家具をその方の住所まで引き取りに行く。
まだ始めたばかりだ。振り返ればあれは失敗だったというアイテムもある。勢力的に仕上げているつもりだが、完成した家具を置いてもらうお店のスペースにも限界があり、理想通りに回転しているとは言えない。

家具が見違えるように魅力を増すと嬉しい。出来に自信があっても、価格の付け方が難しい。費やした時間と買いたくなる価格のバランスに悩んでしまう。
使う材料はもともと家に一通り揃っていた。けれどクオリティを上げようとすれば質の良い素材を使う必要も出てくる。アンダーコート (下地)、ペイント (色)、トップコート (ニス) と、それぞれの缶に投資すればするほど、仕上がりに差がつく。道具もそうだ。ブラシもローラーも良いものは驚くほど値も張る。
好きなことのできる幸せと、上手くいかなかった時の自己嫌悪。支出への不安。正直に言えば、そんなものの間で日々揺れていた。

だから、きついのだ。夫の助言とか指摘が‥‥
彼はいろんなことに『気の付く』人だから。
私のやり方が『見てられない‥‥』と感じることも多いのだろう。
夫にしたら、自分がこうした方がいいと分かっているのだから教えている、と思っているのだろう。

だけど、昨日の一言が、今朝いちばんの一言が、私のやる気をしゅんとさせる威力を持つ。
私には私のやり方がある。覚悟もある。それを伝えるけれど、夫だって私のためになる意見を譲らない。
今朝は「もうそんなことばっか言われたら嫌になる!」と反論したことから始まった。




庭一面青の絨毯だったブルーベルの花が終わった。そこかしこに突き出した、ただの棒になってしまった茎、それをさっきから抜いていたのだ。花の時期が終わったブルーベルは力がなくなり、引っ張るとスゥーっと土から抜ける。その容易さのために3~4本一度に抜くことができる。
今「抜く」というより「引っこ抜いている」‥‥

夫への腹立たしさと、親切心の助言さえ素直に聞けない自分へのいら立ち。荒だった感情に任せて「引っこ抜く」ことが私のガーデニングだった。


頑張ろうと夢中になっていると水を差すんだよな‥‥
ブチッ
間違ったことは言ってないよ。けど正論は相手を傷つけるんだよ。
ブチッ

そんなギスギスした私の鼻先を通り抜けたのが、甘くて優しい匂いだったのだ。
ちゃんと顔を上げたら、香りの主は果たしてサルビアの花だった。

サルビアを植えたのは夫。
どんな香りかを知っているのも夫。
サルビアは私が知ってても知らなくても、彼の手で大切にされていた。

私はやっぱり自分の無知や不完全さに謙虚になる必要がありそうだ。
勝ちも負けもないにしても、
夫には、いやもっと言えば自然の素直さにはまったく敵わなかった。


我が家は今、家のなかが家具工房化するという事態に陥っている。薪ストーブのあるキッチンに入り浸るので、家で一番大きいリビングルームをもともと使っていなかった。今は作業途中の家具で埋まっている。由々しきことではあるが、『こんなことができるスペースが家にあってラッキーだ』と、敢えて問題を見ないようにしていた。
家の部屋数に恵まれたのではないのだ、私が恵まれていたのは、こんな私を許容してくれる家族に、だったのだ。

こんな記事書いちゃって、またひとりでよがっていたよ、私。

夫の言葉にこうも反応したのは、自分が焦っていたことに図星なことを言われたからだったと認めるしかない。

素直になりたい
10代や20代の娘が言っているのではない、この歳の自分の言葉としてはちょっと痛いけれど‥‥

サルビアが気づかせてくれた。
そう、締めくくりそうになった。

だけどちょっと違うんだ。
サルビアは私が気づいてなくてもそこに咲いていただけ。素敵な香りで誰かの気を引こうとか、ましては教訓を与えようなんて思っちゃいない。

なんとかしなきゃ‥‥と気負っていたのは私ひとり。
私はがむしゃらが苦手なんだし、ね。
フフッ

風に揺れたサルビアと一緒に笑った。



恥ずかしい負の記録なのですが、それはそれとして、残しておこうと思います。

*尚、日本語でサルビアを検索すると我が家のもの (冒頭の写真) とは違う花が出ます。Salvia の種類にはいろいろあるみたいで、みなさんのご存じのサルビアと同じ香りなのかどうかはわかりません。
我が家のものは Cherry lips (さくらんぼのくちびる) という品種だそうですよ。

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