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#176 ロンドンに出現したジャイアントパネトーネはこうして作られた


今年の夏は9月の終わりまで日本に居たのだが、こちらに戻った時にお土産を持って友人ヒラリーを訪ねた。

「大きなパネトーネを作ってるのよ。近所のBarn (納屋) で仕事してるから、そっちなら一日中居るわ」と言う。

ヒラリーはバスケットメーカー(籠を編む人) だ。
主にWillow (ウィロー) を使う。自分でも毎年ウィローを育てて刈り取っている。70歳を超えて尚、驚きのバイタリティだ。

彼女はシェークスピアの生誕400年記念の際、大英博物館で、こんな展示を手掛けた匠だ。

Willowで編んだシェークスピア像  彼女のウエブサイトより

シェークスピアを編んだ人が、今大きなパネトーネを編んでいる‥‥
なんら驚かない‥‥


ちなみにパネトーネというのは、イタリアのクリスマス伝統菓子である。

パネトーネ種という天然酵母で発酵させる生地に、レーズンやオレンジピール、レモン、プラムなどのドライフルーツをラム酒に漬けたものを練り込んで、ドーム型に焼きます。
食感はやわらかいパン菓子のようで、ラム酒の香りがふわっと広がります。日持ちがし、ドライフルーツは日を追うごとに味が変化するため、味わいの違いを楽しむのもパネトーネならではの醍醐味です。

https://macaro-ni.jp/48094


彼女のワークショップへ立ち寄った。
barnというからどんな納屋かと思えば、とても素敵に改造された建物。ワークショップや披露宴などのイベントにも使われる場所だという。
確かにこんなところでも借りないと作れない、それはそのくらい大きくて頑丈で、まさにパネトーネの形そのものだった。

これはもうバスケットメーカーの域を超えている。中で快適に住めるくらいの建造物だ。


黙々と編み続けるヒラリー

移動させるために、解体してまた組み立てられるように設計されている

これは、クリスマスのための、ロンドンの老舗百貨店 Selfridges (セルフリッジ) からの委託制作。
イギリスのクリスマス商戦は10月の終わりごろから始まるので、納期に向けて猫の手も借りたい忙しさだ。
陣中見舞いに行ったはずだったが、なんといっても無職であることが幸いし、私も翌週から駆り出されることとなる。

どんぐりの帽子のような屋根部分

ウインドウディスプレイはとにかく照明が当たる。屋根になる部分がスケスケではパネトーネ感を壊すので、紙を施す必要が出てきた。光を遮断するために、9枚の紙のパネルをパターン通りに切る、ペイントする、テープで貼る‥‥
表からはまったく見えていない部分にもいろいろと手間がかかっている。そのような裏方仕事をせっせとこなしていく。

実は今回ヒラリー (匠本人) はほとんどパネトーネの外側 (茶色) 部分を編んでいない。普通のバスケット編み (と呼ぶかどうかは知らないが) は若い男性アシスタントでも十分編めるからだ。


パネトーネの外側。取っ手をつけて、まるで引き出せるピースのように見せている。



今回難儀したのがこれ ↓

この薄い色で編む部分がパネトーネの切り口を表現する

編み物をされる方ならわかるだろう。この編み方、メリヤス編みの表面のように仕上げてあるので、上になるか下になるかを間違えて編むと、この模様がでない。
大きなパネルはヒラリーが編んだのだが、写真手前の小さな直方体のバスケットは我ら助っ人たちに期待がかかる。
見ただけではわからなかったが、これがよく間違いやすいのだ。何度間違って手を止めて、考えてやり直したか‥‥
正直に言おう。私がこの直方体のたった一面 (例えば30㎝X40cm) を仕上げるのに6時間かかっているということを‥‥
いただいている時給で換算するともう正気の沙汰ではない。
素人目にはどんな編み方でもええやん、と言いたくなるところだが、ヒラリーのこだわりを形にするのには本当に信じられないほどの多くのヘルパーたちの時間がかかり、唸り声や筋肉痛をたくさん産出している。

それらは、パネトーネを切り分けたピースということで、商品のディスプレイ用に配置されていく。

こうして、必要以上に時間のかかる直方体の数がゆっくりと増えていった。

途中経過。まだまだ先が長い


自分でやれば一番早く美しくやれることを、経験の浅い素人たちに気持ちよく託して、皆に公平に時給を支払ってくれるこの友人を私は心から敬服している。

そうして、Barnで仕上げたものを一度解体し、すべてをそうっと箱詰めし、運送屋さんに託す。そして自らはアシスタント君と共に電車でロンドンへ。徹夜でデザイナーや商品担当者とともにこのディスプレイの作業をこなしていく‥‥

じゃー-ん!

オックスフォードストリートを歩けばこのショーウインドウが。なんて洗練された仕上がり!

ズームイン。

高級百貨店の品揃えは、思ったとおり、高級感がただよっている‥


今回はバスケットだけでは表現しきれないテクスチャーがあった。パネトーネの生地に入っているいちじくなどのドライフルーツ類だ。
そこを補うテキスタイル作家が、ウールで美味しそうな中身を表現されている。
彼女もまた、何度もワークショップに足を運び、試作を重ねた人だ。
なんて温かい仕上がり!
冬の夜長の甘~いおたのしみが、なんてキュートに詰まっているのでしょう。

私は行けないけれど‥‥ロンドンに行ける方 (笑) やお知り合いがロンドンにいらっしゃれば、是非足を運んでいただきたい。クリスマス期間限定ですから。

最後にヒラリーのウェブサイトをご紹介。昨日、一緒にランチとお茶をした際に、このお話を載せてもいい?と確認したら快諾してくれました。
日本から鵜飼いに使う籠を編む人を招待してワークショップを開くなど、親日家だし、興味のあることを形にする行動派。その活動はとどまることを知らない‥‥
きっとお声が掛かれば日本にも来てくれますよ。



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