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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#89

18 秩禄公債(6)

 昨年発生した台湾に漂着した琉球民の台湾人による殺害事件は、台湾征伐の意見が強くなっていた。黒田や西郷を中心とする薩摩派が台湾への出兵を建議するなどしていて、出兵に対して反対の馨には、頭の痛い状態が続いていた。
「まずは、琉球について清への貢献を改めさせ、我が国の支配域であることを確認し、藩もしくは県として編入せしめるべきだ」
といういわゆる琉球処分の建議を行っていた。
 しかし左院からは大蔵省の管轄とせず、外務省が様子を見ることになった。この後外務卿自ら清に行くことに関しても、大蔵省の陸奥宗光を送り込むほうが良いとまで言い張った。そして、木戸にはこの事件の平和的解決のため帰国を願う文を送った。
 会議は代理の渋沢に任せたが、自分でも、三条太政大臣に対して
「台湾への出兵は侵略に当たること。出兵には費用がかさみ会計が耐えられないこと。そして得失を考えると失うほうが多い。第一、約定書の協議の必要な事案であること。未だ兵制が整わないことから兵力に問題がある」
などを建議を行っていた。
何が何でもここは、台湾の影にいる清への刺激も含めて、穏便にことを進めるようにせねばならなかった。
「何よりも国内の整備が整っていない内に、国外のことまで手を出すのは問題だ。まず国内を富ませて後に軍備であるべきだ」と会議の席上、馨は言った。
そして派兵をとりあえず断念させることに成功していた。
 しかし、木戸の帰国は叶わなかった。
それどころか、秩禄処分について大蔵省案は過酷にすぎるので疑問があるという文が送られててきた。木戸の案を現実的に変更したつもりだった馨には、すぐには飲み込めなかった。
省庁の人事も変更があった。馨の推挙した江藤新平が司法卿になったのだ。

 ある日馨は見慣れない青年の訪問を受けていた。
「先日、岡田平蔵さんにご紹介頂き、知己をえさせていただきました。益田孝です」
「よう参ったの。まぁ、座れ。長うなるかもしれんからの」
 いたずらっぽく馨は笑っていた。益田はその目を見て少し驚いていた。いかにも面白いというふうに眼からして笑っていた。これは心から歓迎されているということなのだろうか。大蔵大輔という今や我が国の一番の省庁を束ねる人ということで身構えていたが、切れ者な感じと鷹揚さとあいまっているように見えた。
「はい、それでは失礼します」
「横浜でもイギリス商館で仕事をしていたこともあるとか。英語は達者だと聞いたが」
「はい、仕事においても日常業務なれば支障はございません」
「それはええ。どうじゃ。大蔵の仕事に少しは興味を持ったかの」
「少しは。しかし行っている業務が多岐にわたっており、どの仕事がというのがよくわかりませぬ」
馨の発する質問に、率直に回答する益田に好感を抱くようになっていた。
「そうじゃな。おぬし大阪の造幣寮に金銀を分析、卸す仕事をしていたようだが」
「実は、造幣寮に卸す金銀を入手することが困難になっておりまして、横浜の商館にまたお世話になろうと考えておりました」
「そうか。大蔵省は、税を集め、各省庁に定額を定めさせ、その金を配分しこの国を運営していくのじゃ。そのためには、通貨の流通から物の流通まで目を向けて「国を富ます」ことを考えておる。どうじゃ、夢があるだろう」
益田は話を聞いていて、こういう人だから「新政府」を作ろうとしているのだと思った。この人の語る「先」を見てみたいと思っている自分がいた。しかし、自分を安く売るつもりもなかった。
「ですが、私は元幕臣です。新政府は幕臣を好まないとお聞きしております」
「そげなことは気にする必要はありゃせん。実際わしの周りには元幕臣が結構おるぞ。駿府で慶喜公のもとに居った渋沢栄一は中枢で頑張っとる。幕臣かは問題ではないんじゃ、新しい世を作ることができるかどうかじゃ。わしが必要としておるのもそういう人物じゃ」
 野心を語る割には今まであった人物とは違うもの、パワーを感じていた。この人のもとで動いたら面白そうだと思っていた。
「まぁええ。やりたいと思うたらまた来ればええ」
「いえ、お世話になります。よろしくお願いします」
益田は思わず叫んでいた。
「それでは大阪の造幣寮に行ってもらいたい。造幣頭でどうじゃ」
「わかりました」
 これで面倒なキンドルに、指示をできる人材を得られたことに、馨は少し満足していた。

 

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