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たとえ推しと知り合ったとしても――むぐら『escape into the light』


(1巻P15)

 推しと知り合いになったら、あなたはどうしますか?
 むぐら『escape into the light』はとある少女・つむぎが、大ファンだった匿名ネット歌手・miraiの正体・みきと学校で知り合うところから始まります。何とクラスメイトだったのですね。ものすごい偶然ですが、喜ばしくはありません。なぜなら、その「推しの中の人」は人を見下し寄せ付けない最悪な性格だったからです。
 面白いのは、そこでつむぎがあまりショックを受けないところ。

(1巻P19)

 彼女は推しそのものを目の前にして、「私の推しとは別の存在だ」とナチュラルに思っているのです。あくまで、彼女の推しは“ネットで歌う匿名歌手mirai”なのであり、それと実際の人間性は切り離されたものとして受容されています。ここまで割り切れないと思うんですけどね、普通は。ここにつむぎのキャラとしての特異性、ひいては作品自体の独自性が見て取れます。
 つむぎは推しと知り合いになれたことを過度に喜ぶでもなく、幻滅するでもなく、ただ自然に協力を申し出ます。その根底には、「自分はただのいちファンなのだ」という思いがあります。

(1巻P35)

 推しと知人・友人になるのって、そんなに良いことでしょうか。あまり近い存在になりすぎると、「推しとファン」としての健全な関係性が崩れてしまうかもしれません。推しとは常に手の届かないところにいるものなのです。少なくとも、つむぎにとっては。

(1巻P107)

 miraiとしてライブを全うしたみきを目の前にして「やっぱmiraiは遠い存在だ」と嬉しそうに笑うつむぎ。本作のスタンスを如実に示す名シーンです。

(1巻P90)

 推しと現実で友達になった、という作品は数多くありますが、本作の視点は独特です。しかもそれをごく自然にやっている、というところにユニークな魅力があります。王道のようでいて奇妙、奇妙なようでいて王道。一風変わった読み心地が味わえる良作です。


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