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わたしは何になりたいのか考えた

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先日、灯火コミュニティの雑談ルームで詳細割愛しますがざっくりいうと「何になりたいか」という話をしていて面白かったので書き残しておこうと思います。

「何になりたい?」

そう聞かれたら、どう答えますか?

いきなり聞かれても出てこないという人もいるんじゃないかと思うのだけれど。よかったらぜひ考えてみてください。

現実的に考えて…とか思わずに自由に。制限を外したときに「何になりたい」と思うのか。

わたしは一番最初に思い浮かんだのは「釈迦」で、それについて少し話していたら、「釈迦ではなく、神社か」となり、最終的には「わたしは神社になりたい」というところに落ち着きました。

「何になりたい?」と問われたときに、思い浮かぶものって人によって全然違うと思うんですよね。

「職種」とか「役割」みたいな話をする人もいると思うし、概念的な話をする人もいると思う。みんなで話したらおもしろそうだよね。

で、わたしは場所にありたいらしいです。

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なんで神社になりたいのだろと思ったのだけれど、一つはそこにあり続けるということに価値を感じているからだと思います。

わたしは採用担当を8年ほどしていて、最初から最後まで思っていたことがありまして。それは「どんなに人が辞めても、わたしはここにいるということに意味がある」ということ。

採用担当の役割はたくさんあると思います。わたしのメイン業務は新卒採用でした。

でも、わたしのやりたいことは「わたしはここにいる」という安心感の醸成だったように思う。あまり定着率がよいといえる業界の会社ではなかったし、実力があればすぐに採用が決まるような職種の採用をしていたので、人の出入りは本当に多かったと思うんです。

その中でも「この人はずっといるよね」という暗黙の了解みたいなものを醸成していたかった。それがわたしが採用担当を一過性ではなく、長期的にやりたいと思った理由でした。

変わり続けることが前提にあるからこそ、変わらずそこにあるというものの価値をすごく感じているのだろうと思います。

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あと、神社っていまいちある意味がよくわからないじゃないですか。もちろん意味があって建てられたし、大事な場所だったと思うけど。現代においては正直なくてもそこまで困らないものだと思うんです。

神社って正直、何かわたしたちにしてくれるかというと、わかりやすい何かもないですよね。

でも、なんとなくよいものであると捉えられていて、確かにそこにいくとなんかいい感じがして、若干の非日常があって、でもそれは大袈裟な特別でもない。

そういうスタンスでわたしもありたいなと思うんです。そういう存在でありたいと思っています。

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当たり前のようにそこにあって、日常に溶け込んでいて、特別なくても生きていけるけれど、あるとなんかいい感じで、いつでも開かれていて誰でも入ることができる。

日々は平常で平穏が保たれているけれど、たまにお祭りとかやって思いっきり楽しんでみたり、ときにはしんみりしてみたり。使い方や感じ方はどこまでも自由でいい。

そんな人でありたい。そんな場所を作りたい。

そんな意味で、わたしは神社になりたいなあ。

みんなは何になりたいですか?もしよかったら教えてください^^

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