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書かずにはいられない、作家の熱を感じた『未明の砦』

冒頭、共謀罪で誰かが追いかけられるシーンから物語が始まります。なに?テロ?スパイ?… と思ったものの何か空気が違う。そして、光景は工場で非正規で黙々と働く若者たちの一夏の様子に。

内容情報にも書いてあるとおり、若者たちによる大企業&公安との闘いを描いた物語です。昨今の時代背景をそのまま切り取ったような社会派サスペンスでした。
舞台となっているのは最大手の自動車メーカー、ユシマ。
世界的な自動車メーカーで、日本国内においても底抜けの広告を支払っているため、メディアは彼らを悪し様に書くことはできません。物語中にも「そんなところにメスを入れられるのは一部の調査報道機関だけ」というセリフがありました。
あまりに強大な力は政治や警察権力にもおよび、ユシマの経営層はそれらの組織や力を思うままに操り、事実を隠蔽し、あり得ない犯罪をも作りだして人を裁いていきます。

しかしそのユシマを支えるのは非正規労働者の過酷な労働。今問題になっている格差社会を創り出す原因がつまびらかに描かれていきます。あることをきっかけにその真実を知り、学び、その事実と戦うべく立ち上がった若者たち。彼らの叫びと闘いが600ページを超えるボリュームで描かれています。
それぞれのテーマは新聞やテレビで少しずつ報じられている問題ではあります。でも、日常生活を送っていると、そこに立ち止まって「なぜなのか」までしっかり考える機会をとれません。多分ノンフィクションでこのテーマが描かれていたら辛くなってしまう方が先にたち最後まで読めなかったとも思います。そういったこの国が目を向けるべき真実に、エンタメの服を着せて凝縮して詰め込んできた感があります。

ちょうど、池袋西武のストライキが起こりました。ストライキという、今あまり見慣れなくなった活動にどういう意味があるのか、この本を読んで改めて胸が揺さぶられました。小説としては、ここまで盛り込んで調べに調べたことを描かなくても良かったんだと思います。私も普通だったら「盛り込みすぎでは」「カット出来たんでは」と言いそうな内容でした。が、それをわかっていても今書かずにはいられなかったという著者の熱を感じています。

太田愛さんといえば「相棒」の脚本家としても有名ですが、時代を切り取った感動作を次々と出してくれます。こちらがあまりに重厚でちょっと・・・と腰が引けるようでしたら、文庫になってる『幻夏』あたりからどうぞー


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