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様々な人の人生が歴史を紡ぎ出している、そんな事を感じた『霜月記』

いつの間にか「神山藩シリーズ」と謳われるようになっていました。が、そう謳うことで初めて読者が手にとりづらくならないと良いのだけど。
既刊を読んでいなくても楽しめるし、これまでの2冊『高瀬庄左衛門御留書』と『黛家の兄弟』を読んできた人には、藩の歴史も見えてくるようになる、というのが今回の『霜月記』です。

今回の作品は町奉行の家の親子のお話です。祖父左太夫は名判官と謳われながらも隠居し、なぜか遊里に住み始めちゃったという人。家督を譲り、息子が家と奉行所を取り回していたと思ったら、突如として失踪。その家督は孫の総次郎のものになります。
まだ若いながらも、奉行所で捌きをし、手痛い失敗をしながら日々を送る総次郎。その奮闘をまぶしい物を見る目で見守っていた左太夫でしたが、ある日凄惨な殺人事件が起こり、そしてその現場に父の物と思われる証拠品が…というストーリーです。

殺人事件を追いかける、ミステリ仕立ての要素が多いものの、隠居した左太夫の目線で物語を見ているせいか空気は穏やか。
さらにちょこちょこ挟み込まれるお酒と料理のシーンがいいんですよ。
一方で、目の前で親を殺された小さな娘とか、庶民の貧しさとか、生きていくために道を踏み外すことがあってもおかしくないだろう、と思われる要素はしっかり書かれていきます。

また、これまでの砂原ファンには嬉しい歴史語りも。日修館も健在です。
人を育てることの重要性に気づき、多くの素晴らしい人が送り出されてきたこの神山藩。そんな藩だとしても、闇は絶えず、そして次から次へと産み出されていくものなのだなとそんなことを思わされました。だからこそ、それに抗う正義というものも育て続けなければならないのかもしれません。

左太夫は、失踪した息子との関わり合いについて引っかかるものがあったようです。名奉行という看板を継いだ息子はどう感じていたのか、ただ、それを面と向かっては話しづらいというのが親子の距離感。親子三世代のその距離感と対話の変化も大きな読みどころでした。
庶民から殿様まで、様々な人生の糸が絡み合って大きな歴史になっていく。そんな姿をこの神山藩は凝縮して見せてくれている、そんな気がしています。

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