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ため息俳句35 恋する猫・脱走する犬

 この数日、夕飯を食べてのんびりとTVを眺めている頃になると、外から猫の鳴き声が聞こえてくる。
 何ともエキセントリック、低く長く狂おしく、喉から絞り出すように鳴いている。
 恋の季節である。
 子供の頃には猫を飼っていた。母が猫好きな人であった。
 発情期を「さかりがつく」といっていたが、雄猫だった場合数日間姿を消し、帰ってくると耳の先が食いちぎられていたりもした。恋敵に勝ったのか、負けたのか、どっちであったのだろう。そして、夜になると又どこかへと出かけて行くのだった。

 猫が不思議な生きものだということはしばしば言われることだが、死に際の姿を飼い主に見せないなということも、言われていた。
 コジョという名だった雌猫は、年老いて足腰が弱くなって、食べものもうけつけくなって、衰弱しきっていたはずなのに、ぷいっと姿を消した。それから数日後、少しばかり離れた家の物置で死んでいると知らせがあった。
 でも猫それぞれの死に様があって、家族みんなに看取られて死んでいったクマという雄もいた。

 独立して家庭を持ってから、自分の家で猫は飼ったことない。
 
 犬は一度だけラブラドールリトリバーの雑種を飼ったことがある。こやつも、夜間、塀を越えて脱走し、朝帰りしていたことがあるらしい。近所の早起きのおばあさんから注意されたのだ。雑種とはいえ、外見はラブラドールであったので、目立つのだった。その犬は、知らん顔して朝には犬小屋の中で、寝そべっていた。
 昼間はリードにつなぐが、夜間は庭の中で自由にしておくというのが、仔犬ころからの習慣になっていた。狭い庭ではあるが、一応周囲はブロック塀やフェンスで囲まれていたのであった。それが、仔犬から成長してくると、フェンスの一部を飛ぶ越えることが出来たのだった。
 勿論、すぐに夜間もリードを繋いだ。
 が、十六歳で亡くなった。いい奴であった。葬儀には、子供たちもそろって、参列した。我が家のご先祖様の列に入る一匹である。

 それにしても、猫の恋は熾烈である。でも、この頃は去勢猫が増えたせいか、安眠の妨害になるほどのことはなくなった。


春の猫薄紅色の露地へ入る  空茶


如何ともしがたき恋を猫は行く