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24/5/23 誕生日

私、実は5月生まれでして、先日無事52歳の誕生日を迎えました。
やー、とうとう52歳ですよ。アラフィフすら抜け出そうとしていることに信じられない思いです。
ついこの間、成人したような気がするんだけど・・・ってのはちょっと大げさですが、それでも、あの頃から30年以上も経過したなんて、驚きを禁じ得ません。

そんな今年の誕生日、息子から母の日と誕生日を兼ねたプレゼントをもらったんですが、それが青汁と胡麻麦茶という、とうとうこの域に達したか~としみじみするものでして、私がいかに日頃、くたびれた姿をさらしているかってことなんだよな~とも気付かされた次第です。
ま、自分の家で元気を取り繕う必要はなく、むしろくたびれた姿をさらすことで、
毎日の家事(風呂掃除や皿洗い、洗濯物をたたむとか)の分担をスムーズに促す効果があるのも否めないので、しばらくは「くたびれマザー」をあられもなく晒して暮らしていきます。
私もそろそろ、優しく労わられる権利があるはずだ!

そして、子どもの頃の記憶が蘇ったりもしました。
12月生まれの子からクリスマスとまとめられた悔しさを聞き、1月生まれの子からは、お年玉とまとめられた理不尽を耳にして、性格がねじ曲がっている私は、12月や1月生まれじゃなくてよかった~と、内心安堵したものでした。

しかし年を取って、子を育てた先に、まさか母の日とまとめられる日が来ようとは、予想だにしていませんでした。
まだ息子が青汁とか胡麻麦茶のプレゼントという選択する経済力だから、この程度の感情で済んでいますが、これがもしもですよ、もしも彼がまかり間違って大富豪にでもなってしまったとしたら。
その時に、まとめられてしまう悲劇は倍以上に膨らみそうです。
そりゃ、子どもからのプレゼントなんてそもそも期待していませんし、もらえるだけで何でもうれしいものです。
しかし、いくばくかのモヤモヤは残ります。ああ、こんなことを考えるなんて、私、欲深いババアになりつつあるわ。

6月生まれのお父さん方、あなた方も同じ目に合う日がやってきます。
ていうか、すでにあっている方もたくさんいるはずです。
年を取ってやってくる小さな悲劇を受け止めたり、受け流したりしつつ、強く生きましょうね!

・・・と、ここまでは半分冗談みたいな話でしたが、長く生きていると「十把一絡げに括られる」「まとめられる」「以下同文」扱いされる経験は、幾度もあるわけで、皆平等に経験することとしては、入学式や卒業式授与の「以下同文」とかね。
あれはまあ、時間の都合上しゃーないと思えます。
個々に丁寧に渡していたら日が暮れてしまいますし、ただでさえ体育館に拘束される地獄の時間なのに、あれがさらに長くなると思ったら、以下同文おおいに結構!と思えるわけですが、例えば「今どきの若いもんは」とか「更年期じゃね?」とかその手のまとめられ方には、声高に「それは!違う!」と言いたくなるわけで。
若くてもいろいろ、更年期症状も人それぞれ。でも、そうわかっていても、つい思ってしまうときはある。ドス黒い感情が湧き出る時が、誰にでもある。よね?
腹の中でそっと思う分には、別に構わない。思うだけなら。でもその時、人を自分の物差しで一方的に括って見ているという自覚は、持った方がいいだろうとは思っています。

「女だから」「男だから」のくくりにも、そろそろ変化の兆しが見え始めていますな。
私は女だから、どうしても女目線になるけれど、女だからといって、皆が皆母性を持ち合わせているわけじゃありません。優しく穏やかな女ばかりじゃないことは、皆さんご存じの通りで、それでもそれを期待してしまう、期待されていることがわかって演じてしまったりしてしまう。そんな誰のためか訳のわからぬ気遣いを、未来を生きる女性たちに引き継ぐのはやめたいなと思っています。

男性も然りかと思いますが、どうでしょう。
男らしさの押し付けに、そろそろうんざりしている人も多いのでは?
男だからって、勇敢で力持ちで強くて・・・みたいなの、もう背負わなくていいですよ。女を養うとか、もうやめましょ。お互い支え合いながらの方が心地いいし。
私もここから先は、女らしさの鎧を脱ぎ捨てて生きていこうと思ってます。毎日ご飯を作らなければなんて思わず、母性も捨て去り、自分勝手に生きていく52歳になるんだやっほい。

だって成人した後の30年が、こんなにあっという間なんですよ?
ボヤボヤしてたら、爆速であの世からお迎えが来ます。
残された時間は自分のために使いまくるからな!と、心に誓ったりした、誕生日だったのでした。

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