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消えゆく誤植たち

翻訳の過程で生じる、くすっと笑える誤植が好きだ。私が誤植に興味を持つようになったのは高校時代にVOW本と出会ったことがきっかけだ。VOWとは誤植などの「ヘンなもの」の写真を宝島社の雑誌の読者が投稿するコーナーのことで、それが書籍にまとまったものを友達から借りて読んでいた。
私の愛する罪なき誤植たちは、インターネットやスマホの普及、AIや画像認識や機械翻訳などの技術の発展により、今後減っていくだろうと考えている。

①人間の判断が介在しなくなる

「ネギシセーツエーランソ」

「ネギシセーツエーランソ」
2005年に中国の北京大学付近の日本料理店で見かけた文字列である。何を表しているかお分かりだろうか?正解は「ネギチャーシューラーメン」だと思われる。
ヤとセ、ユとエ、ンとソなどの、見た目が似ている文字を取り間違えた結果生まれた傑作である。ここまで意味が分からない誤植は中国広しといえど滅多にお目にかかれないに違いない。
この誤植の制作過程を推測すると、
インプット:ラーメン屋のメニュー。テキストデータではなくチラシなどの紙媒体に印字されたものやその写真。
プロセス:チラシや写真を見ながら、ワープロ/パソコンで日本語の仮名一覧から同じ文字を探してタイプ/クリックし、テキストデータにする。
アウトプット:ネギシセーツエーランソ

ヤとセ、ユとエ、ンとソを取り違えた理由は、50音表を最初からたどって似た文字を見つけた時点で確定したためか。50音表を最後まで注意深く見たら、もっと似た文字を見つけることができただろうに。50音表を最後まで見ることができないほど急いでいたのだろうか。
あるいは、元のラーメン屋のメニューが癖のある手書きだったのだろうか。
真相は謎だが、人間が目で見たものをデータ化する際に起きるミスの好例だ。

②大量データを活用したチェック

上述のプロセスでミスがあったとしても、チェック体制が機能していれば修正されて世に出るはずだ。実際は、間違いだらけの文字列が大々的に印字されて看板になっている。チェックされなかったのだ。大切なお店の看板なのに、確認せずに印刷に回すなんてずさんだ。しかも看板を後から手書きで修正した跡があるのに修正後も間違っている。焦って対処すると余計ミスすることがあるけれど、それが具現化された良い例だと思う。
機械翻訳の技術のことはよく知らないけれど、大量の翻訳をこなしているうちに正しい訳語のデータが蓄積されていくだろうし、辞書にない言葉は出てこないだろう。裏でミスをしている可能性はあるが、大量のデータと付き合わせた結果、表には出てこないのではないか。

普通の人が普通に仕事をする上でIT技術の発達は喜ばしいものだ。だけど、人が起こすミスによって生まれる面白味、辞書の違うページを開いた時に偶然目に入った言葉、みたいなものまで消えてしまうと、ちょっとつまらないよね。

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