自分が話している所って確かに見たことなかったなって思った

今日はあんまり思考がまとまらないなって思う。思うことがないっていうより、思考にまとまりがない。

別に今日1日何もしてない訳じゃなくて、作り置きの総菜を作り足したりネイルをちゃんと仕事仕様のものに戻したり、zoomで友達と飲んだりした。明日は仕事なので、今日は飲むのやめとこうと思ってたのだが、友人がほろ酔い缶を出した瞬間に自分も酒を出してきた。人が飲んでるとすぐ飲みたくなっちゃうんだよね…

zoomは何回かこのGWにやって、少し慣れた。コミュニケーションが非常に苦手なので、毎秒自分の表情のフィードバックがある状況が恐ろしかったのだが、誰かに誘われてるうちにやらないと永久にやれる機会を逃すと思ったのでやった。結論としては、ノーメイクでは臨まない方がいいということと、毎秒フィードバックがあること自体は何とか大丈夫だということが分かった。元々鏡が苦手なレベルではないので、慣れる。ただ化粧してないと、あまりにも顔色が悪いのでそれはさすがに無いなと思った。私は笑った顔がめちゃくちゃブスなのだが、笑う時に顔が見えないようにする癖があるのに初めて気が付いた。顔の前で手をひらひらさせる、突っ伏して笑う、口元を隠す、手を叩く、顔をそらすなどなど。バリエーションがめちゃくちゃあるし、おかげで一度も自分の笑った顔は見ずに済んだ。

人と話してる自分を見ることなんてほぼない。話している時に自分がどんな顔をしているのか、どんなことをしているのかなんて良くは知らない。同じ姿勢をとってるのが苦手なんだけど、友人と自分を並べることで自分がどれだけよく動くかがよく分かったりした。何かを取りに行くために離席したりとか、座りなおす回数がかなり多い。

自分が珍しすぎて、自分を結構見ていた気もする。視線のやりどころが意識しだすと難しくて、webカメラを見てるとカメラ目線になるのだろうけどなかなかそこっていうよりは画面の友人や自分を見る。ずっと微妙に目線が外れてる感じになる。そこがなんかちょっとより何ていうか、何ていうんだろうね。相手が一人だと多分カメラと画面の位置が合うから何となくいいんだろうけど、複数人になると左右にずれるからちょっと気になる。

まあ、自分の姿を見せられるとかやったら死ぬと思ってたけど大丈夫だった。やったら大丈夫っていう経験はすごく大事だと思う。あと他人と同じことができたのはすごく安心した。何かをすごく笑われる気がしていたのだ。別に大丈夫だった。落ち着いて考えたら当たり前だ。なんで笑われる可能性があるんだ。でも不安だったのだ。仕方ない。

意外とみんな家で化粧しないんだなとも思った。私も別にしないけど、人前に出る時はみんなちゃんと化粧してるのに意外だった。私は体調が悪ければ都心まで行かなきゃいけないのにすっぴんで行ったりする。風邪ひいてたら家から出ないけど、なんか体調が悪いのはよくあることなので化粧に割く体力をほかに回して外出したりするのだ。他の人は多分そういうことはしない。でも家だからって理由で、顔の見える通話でも化粧しないんだなっていうのは、なんか不思議な気がした。

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