pinky

 君の流した涙はピンク色だった。僕はそれをアイシャドーのせいだと思っていた。だってあの頃の僕はまだピンクのアイラインの存在なんて知らなかったし、君のことだってちゃんと知ろうとしなかったから。でも、君以外の女を泣かせた時に必ず抱いた面倒臭いという気持ちを君のときだけは抱かなかった。どうしてだろう。これが国語のテストなら、初めて本当に他人を愛したから。なんてそれっぽいことを書くだろうが、果たして僕は君をちゃんと好きだったのだろうか。そして一転、これまでそれなりに付き合ってきた女たちは、僕に愛されたことなどなかったのだろうか。肌を重ねることが愛じゃないことくらいなんとなくわかる。それでも女は、好きだったからだよとか言う。また別の女は好きだから股を閉じていたらしくて、どうも一貫性がなくて困る。
 君が僕に嘘をついていると知ったときも、僕は最初に仕方がないと思った。だからぱっと許したのに君は怒った。僕が怒るべきところで怒らなかったから君は怒った。僕にはその理由が分からなかった。君が別れるときに、あのときだって、とその日のことを話し始めたのも突飛に思えた。曰く、あなたはいつだってあなたを愛し切れていない、自分を大切にできない人に私を預けるのはやっぱり怖い。と。女はいつだってこうだ。いつだって、やっぱり、とか無駄な言葉で過去の失態を引き摺り出す。僕が墓場にも持って行きたくないようなことばかりを。それならあの日君を咎めていればよかったのか。そうして君を傷つけることが、自分を愛するということだったのか。問える温もりはもう消えてしまったけれど、それもちょっと違うんじゃない?って香りはいう。
 僕の流した涙には色がなかった。君の涙とは打って変わって透明で、それなのに濁っていた。だから余計に悲しくなった。君の流した涙はあんなに綺麗だったのに。幾ら振り絞っても僕からはカスしか出ないみたいだ。そういうところじゃない?って隣で寝ていた香りはいう。消えない君の匂いを纏った穢れ。ああくそったれ、意なんて汲むな。

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