「いつかみたきれいな景色も一瞬で消えてなくなったみたいに、私もいつかいなくなるのよ」
君はそう言っていつも好きな音楽の話を始める。君が詩的な表現をしたがるのが僕には少し恥ずかしかったが、あなたの前でしか言えないのと言われれば、結局悪い気はしなかった。決して、これまでの男にもそうしてきたのだろう?と訊ねることはなかったし、そうでないと思っていたかった。君はたまに元彼の話をした。女のほうが男よりきっぱりしているとは聞く。そして君が僕にその話をしている時点で少なくとも登場人物の男には勝っているのだと自覚していても、やはりいい気にはならなかった。
「海でね、ナンパされたの。当時仲の良かったユウコっていう子をね、彼の、友だちが狙ってたの。」
「うん。」
「でね、ユウコが、ほら、海の家ってあるでしょう?そこでかき氷を買って来いって。その、彼の友だちに。」
「それで?」
「うーんと、ねぇ、形が変わってもいつまでもあり続けるものって安心すると思わない?かき氷もそうだし、いわゆるエネルギーとかもそうだし、きっと私たちもそう。」
君には話が途中で散漫になる癖がある。
「そうかな、僕はなくならないものは美しくないと思う。」
君の惑いに付き合ったときほど、君は僕の話を聞いていない。
「そう、それでね、その人が、ユウコに、かき氷を買ってきて、」
「うん。」
「私の元彼はね、私に、アイスクリームを買ってきたの。」
「へぇ、どうして?」
「彼がね、言うの。やっぱり君にはアイスクリームじゃない?って」
僕は君がどうしてそんな話をしてくるのかわからなかった。何のオチもない別の男との思い出話は、彼氏である僕には、風呂上がりのカツ丼くらい重い。
「君は多分この軽いコーンよりもちゃんとした香ばしいコーンのほうが好きだろうけど、今日はこれで我慢してくれ。って。」
「今日は、」
「そう。今日は。今思えばね、彼はそういうところがあって、つまり最初からあざとかったわ。ときどき、女の人みたいなの。だからモテてたと思うんだけどね、」
いつもの僕ならそろそろ耐え切れなくなって君に手を出すところだった。口の一つでも塞いでやるところだった。それをしなかったのは、噂の元彼とは違う意味で僕に女みたいな部分があるからではなかった。君が生理中だからでも、なかったように思う。
さっきまで饒舌だった君は急に喋るのをやめた。テレビをつけて、面白くもない解説に笑った。僕はベランダに出て煙草に火をつけた。君はその僕の手から煙草をとって、ひとくち吸った。
「苦いや。」
そういって舌を出して君は笑った。僕は今日、君の煙草を吸う姿を初めてみた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?