NEXT DOOR

 「次の方どうぞ」

何度も聞いたフレーズにまた覚悟を決める。いつも通り返事をして扉を開ける。女の人の声が聞こえたはずなのに、部屋のなかには誰もいない。

「次の方どうぞ」

また、奥の扉から声が聞こえた。なるほど、今度こそこの扉の向こうで誰か待っているんだな。そう思い大きな声で返事をして扉を開けた。その9畳程度の部屋には約1.5畳分の人工芝が敷かれている。それ以外には何もない簡素で白い部屋。この部屋にも誰もいない。

「次の方どうぞ」

更に奥の扉からまた同じような声が聞こえた。三度目の正直という言葉を知りながらも、その扉を開けるのを億劫に思った。都合よく、二度あることは三度あるという言葉へ脳をシフトさせる。そして、敷かれた人工芝の上に座ってみた。しかし何も起こらない。呼ぶ声は一定の感覚で聞こえ続けている。だけどもう次の扉を開けたくはない。前の部屋に戻ることもしたくない。この部屋で一生を終えたい。何もないようで少しの緑色だけを丁寧に浮かべているこの部屋で全て終わりにしてしまいたい。そうか、本当になりたかったのは、この人工芝だ。不自然な自然を作り出すこういう存在になりたかった。たったのこれだけで特有の価値を醸し出せる、こういう奴になりたかった。

「次の方どうぞ」

声は聞こえ続ける。どこか懐かしいような声。お腹の奥へと響く声。そのセリフとは相容れず、大きく包み込んでくれそうな声。愛してくれたあなたの声。今の今まで下らない何かに必死でずっとずーっと忘れていた声。

 このままここに居続けたらもう二度とあなたの声は聞けない。なんだか悲しくなって泣いた。

「次の方どうぞ」

声は聞こえ続けている。芝は水を弾く。まるでこの涙も体も否定するかのように。

「次の方どうぞ」

この部屋から出たいと気が付いたのに、結局、このままこの部屋と、芝と、添い遂げてしまうのが運命だと悟る。だけどもう泣かない。どうせなら余生はうんと楽しいほうがいい。だからもう泣かない。緑に笑いかけてみる。部屋からはもう永遠に出られない。鍵のかかっていない密室。決して出られないからもうこの部屋を自分ごと愛してあげる。さようならあなた。愛してくれてどうも。

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