古傷や滴る音の水辺かな

 誰にも送れない手紙とか、誰にも宛てられない歌とか、悔しいという思いとか、情と名のつくすべてとか、一体なんのためにあるのかわからないし滑稽なのに捨てられない数々の墓場、それがこの個体だったらしい。ずっと、不思議に思っていた。生きていく理由とか、それを考えさせる脳の黒幕とか。考え始めるとキリがないから考えないふりをする。それもまた脳の策略だからおもくそ。

 あの日書いた手紙は、送ることも棄てることもできなかったつまらない手紙は、私の心にも届かなかったその手紙は、今私の臓器の隅でぐちゃぐちゃに丸くなって泣いている。それは憂いの涙でも同情の涙でもない。理解して欲しかった訳でもない。ただ、感情に流されて泣いているだけ。その感情の名前を私はずっと知らない。

 いつか歌ったあの歌、知りもしない愛を歌ったあの歌、私には上手く歌えなかったあの歌は、今誰かの鼓膜にきっと響いている。その彼か彼女の夢のなかの音楽隊を、ギャラリーとしてじーっと、ずっと見ている。

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