キンシン
「推理小説だからといって何人も人が死ぬのは不謹慎極まりない!」
さっきまで横で寝息を立てていた彼女が、急に声を荒らげていた。
「とか、言われる時代になるのかしらね?」
彼女がティーカップに口を付けたのを見届けてから、口を開く。
「さあね?」
朝のワイドショーに視線を注ぐ彼女は、何かに怒る誰かに対して怒っていた。
「さあね?じゃないわよ。世の中から娯楽が全てなくなってしまっても、あなた、同じこと言ってのうのうと生きていられるの?」
「朝からなんだよ、落ち着けよ。なんだかあまりにも大袈裟だな。」
「そうやって他人事みたいに。」
「だって仮に、推理小説がなくなってしまったって俺は困らないし。」
「じゃあもう、エッチなこととかも、できなくなってしまってもいいんだ、一生。」
「なんでそうなるんだよ?」を呑み込んで、彼女に訊ねる。
「果たして、セックスは娯楽なのか?」
「何を今更、白々しいわね。」
「いやだってそもそも、あれは生殖行為だろ?」
「避妊具付けて、結婚するかもわからない相手と、するのに?風俗だって、行ったことあるでしょう?」
彼女から風俗という言葉を、それもちゃんとそうした意味合いでのその言葉を、聞くのは初めてであまり愉快ではなかった。
「じゃあ娯楽なのかもしれない。生殖目的ではないそれが消えてしまうと、きっと、寂しいとは思うよ。」
「ふーん。」
「でも」
「でも?」
「俺は、君と、結婚してもいいと思ってる。」
そう言って彼女を見ると、彼女は機嫌を良くした顔をした。そうして口角を上げて言った。
「私、あなたと、付き合ってるつもりないけどね。」
言われて、おどけて舌を出す。このまま余すことなく、歯に力を入れるとどうなるのだろう。
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