婿養子

 歩いていると不意に後ろから声を掛けられた。

「お嬢さん、ティッシュ落としましたよ。」

「ありがとうございます。」

反射的にお礼を言ったけど、僕のどこがお嬢さんなんだろう。これはもしかして、アニメでみたあの展開?そう思って確認した足元の水溜まりに映っている自分の姿はいつも通りの20歳男性だった。まぁ現実にそんなことあるはずないよな。と思い、振り返る。顔はちゃんと見ていないが声は初老男性といった感じだったのに、振り返った先にいたのはおばあさんだった。じゃあ、小ボケていて変わった声のおばあさんがティッシュを拾ってくれたのか。こういう話は文章にしてしまうとまるっきり、どちらが変なのかわからないね。僕がイカれた奴のように思えて癪だ。

 握りしめた手の中からは、ハッピーバースデーと書かれた紙が出てきた。ああそうか、自分の誕生日を忘れるなんて。いや、僕は今日、誕生日なんかじゃあない。はずだ。それに、落としたティッシュはどこへいった?拾ってもらったはずの。いや僕は、ティッシュなんて持ち歩いたことがあっただろうか。タダで配っている以外のポケットティッシュなんて。加えて、普段こんな道を歩くことなんて殆どない。決まった区間しか歩かないで生きているじゃないか。それなのになんで、目の前には警笛を鳴らす踏み切りが見えるのだろう。いよいよ狂ってしまったか。僕は静かに座り込んで、大人になって初めて声を出して泣いた。電車が通り過ぎた踏み切りの向かいから、不自然に笑う女の子が手を振っていた。振り返すと突然の雨に見舞われた。ああ、僕はなんて馬鹿なんだ。嫁入り前の狐に頬を抓らせて生を認めるなんて。

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