調書文献

 他人の日記を書いた。そうすれば私も少しは人生を送っているような気になれた。毎日書き続けた。初めて、他人の孤独を知った。自分と似た感情が他人にもあると知った。それはとても悲しくて、同じくらいには嬉しいことだった。その誰かの幸福を毎日書き留めた。それは一世一代の恋の成就だとか超難関大学への現役合格だとかではない。ふっと口ずさんだメロディーに自分で感動したり、書き心地の良い万年筆に出会ったり、そんな幸せだ。でもそのくらいの幸せなら辛うじて私にだってわかるから、私まで幸せな気持ちになった。

 きっと今ごろお返しに、誰かが私の痕を付けている。私の生きた証を、日記を、勝手に書いている頃ね。ねぇ、何かひとつでも、羨ましいところはあった?あなたより私は優れていた?私の家の芝生が青く見えているなら、人気のない横断歩道の赤信号も、必ずちゃんと待ちきってやる。だからそろそろ私の日記、返してよ。そりゃあ恥ずかしいわよ。馬鹿にしないで。

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