役者

あなたにとって愛とは何ですか?
そう聞くと、なんでしょうね、と困った顔で声を飲み込んで立ち去ろうとした。だからそれまでの役者だと思った。でもあなたは舞台からの去り際、私にキスをして、少し口角をあげて立ち去った。一瞬の出来事、それこそが愛なのかもしれない。
私はあなたをどうしても舞台にあげたくないと思ったのに、どうしても、あなたを俳優にしてあげたいと思った。
それから、私は嘘を重ねて、あなたと同棲を始めた。役作りのためといえば、きっと従うだろうと思った。思惑どおり、あなたは私に従った。でも、本当は見透かされているのだろうとも思った。あなたの瞳の奥はいつも平坦な黒色で、私の頭はいつも真っ白だったから。
決して触れないこと、それがこの「合宿」の条件だった。即ちあなたは限りなく私の所有物に似た、一端の他人。それでいい。それがいい。だってそういう「役作り」だから。
あなたを一人前の役者に育てる。なんて言っておいて、私はただ自分を、人間にしてあげたかったのかもしれない。
私はあなたを飼っているけど、あなたは、犬じゃなくて猫。駆け引きが上手で、満足を与えなくて、存分に愛される。あなたはそういう人。
「あなたはきっといい俳優になる。きっとなる。役作り、楽しかったよ」
そう書いた手紙と合鍵をポストに入れてあなたが居なくなったのは、一緒に住んで6ヶ月と4日後のことだった。
そうだ、私は、俳優にならなければならない。そうだ、そのために生まれてきたのかもしれない。そう思った。そう思って、私は劇場の舞台に立った。来る日も来る日も、舞台のうえで待ち続けた。それが決して訪れないからこそ私は待ち続けた。
私は売れない役者。つまらない役者。アルバイトで生計を立てる、くだらない役者。
「ゴミの日にしか捨てられないからさ。だから仕方なくとっておいたんだ。やっとその日が来たってのに、もうそれはゴミじゃなくなってて、生活の一部になってて。でも邪魔だなぁと思うんだよ。捨ててしまいたいんだよ。今日は待ちに待ったゴミの日なのに捨てられない。ああ、明日は。そうか、シュレッダー」

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