君漂うことなかれ

 陽の光に目をこすると、そこには朝のような空間があった。その空間は私を待っていたのかもしれないし、まだ私に気がついていないのかもしれない。足を踏み入れると生ぬるい温度が全身に伝い、まだ産まれる前の記憶が甦るようだった。

「ここは朝?」

そう声を出しても、空間は音を吸い込むばかりで変化を示さない。どこかノスタルジックで、ずっと昔にここで育ったような気にさえさせられる。いつの間にか抜け落ちた記憶を拡張するピアスは、穴を開けた時の微かな血の匂いや、もっと力強かったいつかの鉄棒を握ったあとの臭い、鶏のレバーを意味もわからずに食べた記憶までも、私に呼び起こさせる。

 空間は、私そのものなのかもしれなかった。でも忘れていたかったことを自分で思い出すなんてヘマ、私本体がするのだろうか。でもこれが私じゃないならば、一体誰なのだろう。誰の温度に包まれて、失った時間を悔いているのだろう。雨は降り続くことを嫌うし、太陽は夜に臆病に見える。それならこんなミニチュアな体が、悩みを得ないはずもない。

「ここは夢?」

聞いても瞬いてもぬるいままなら、ゆっくりシャワーでも浴びてやろう。アナログ時計は2針仲良くテッペンを指していた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?