ミズノオト

 彼は才能の塊のような人だ。彼にはいつも才能が付き纏う。彼は余すことのない程の才能を持ち合わせているが、やはりこの上なく孤独なのかもしれない。あれほどの才能を得てしまったのだからきっと、他には何も持っていないのだろう。そうじゃなければ僕ら凡人は、何を信じて生きていけばいいというのだろう。彼の描いた絵はあっという間に高額で売れる。僕が素人目に見てもホンモノだとわかる才能を、彼は恨んでいるのだろう。だからいつも眠そうな顔をしているのだろう。そう祈りながら、僕は彼の日記を開いた。「湖、綺麗で澄み渡っていて、僕は体を預ける。返ってこなくてもいいよと思いながら。美しい湖とそこに浮かぶ誰か。人も森も背景だ。美しい湖。僕は君に出会えて幸せだ。君を描けて幸福だ。愛揺蕩う森の精へ、届かなくてもいい日記」僕は腰を抜かして動けない。不自然な庭を伝うはどこにでも聞かれるような猫の鳴き声、静けさの後に牛蛙の騒音。‬‬

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?