Miss.Later

  友達の目を盗んで、私はいつも手紙を書いていた。でもその手紙は誰に渡すものでもない。ただ、このクラスと向き合うための一番良い方法はこれなのではと考えて、意味も分からないままに書き続けている。一度、その手紙が教師に見つかりそうになった。危機一髪、すんでのところでバレずに済んだが、あれがあの老い禿げ数学教師に見られていたら、私はシンデレラのように走り出して、残された手紙の宛先を誰かが探し回ったかもしれなかった。
 クラスで一番仲の良い明里は今どき珍しいくらいレンズの厚い眼鏡をかけていて、それでいてアニメのようにガリガリと勉強することはなく、なぜか異常にコスメに詳しく、女子からの人気を博している。明里と仲良くなったのは初めに席が近くて向こうから話しかけてきたからだったが、彼女は聞き上手だから、今では私が話している時間のほうがずっと長いように思う。だから気がついたときには明里は私に詳しかった。そして私は明里のことを公式プロフィールレベルしか知らなかった。私からわざわざ聞くこともなければ彼女から素性を明かすこともなかったからだったが、その関係性には半端ではない居心地の良さがあった。
 ある日クラスメイトの優人に、明里には付き合っている人がいるのかと聞かれた。私は彼女からパートナーの話も性的な話も聞かされたことがなかったのに、気がついたら嘘をついていた。その日書いた手紙は女子校の生徒が新任教師に渡すラブレターのようで、私はなんでこんな女を演じているのだろうと気分が悪くなった。就業のチャイムが鳴ってトイレに向かったときも、ドラマで見た妊婦のつわりシーンさながらの駆け込みで、もしこんなところを優人に見られたらもう合わせる顔がないなと、蒼白い顔を鏡に映しながら思った。
 いつもペンを握ると、いや何もしていなくてもいつも、何か大事なことを忘れている気がして焦燥感に駆られて、生きづらさだけを味わって疲れると馬鹿みたいに眠くなる。
 あなたに一生かけても言えないことを、あいつになら一瞬で言えてしまうだろう。思っていることを言うのはむつかしい。嘘をつき続けるにはかなりの体力が必要だが、一度吹くだけならそれほど楽なことはないほど容易い。面接試験のようにいい顔をして、雇われたときには本当の姿を晒して見損なわれて、でもまああいつにだったらどう思われてもいいし。って、思っている相手に限って好意を抱いてくるのかもしれないね。
こんな手紙を書き続けている。教科書とノートを盾に。タブレットの供給される学校じゃなくてよかった。P.S.電子辞書も嫌い。

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