ウスバカゲロウ

 「この前家に上がり込んできた蟻に聞いたんだけどね。この世の蟻たちの前世、漏れなく人間なんだって。それってつまりさ、私たち蟻に生まれ変わる可能性がかなり高いってことじゃない?」

「そうだね。っていうか君いつから蟻と話せるようになったのさ。」

「さあ、ねぇ。」

「ねぇ?」

「でもね、私その蟻、嘘をついていると思うの?」

「ほう?」

「いや、正確にはきっと、思い込んでいるのよ。」

「前世が人間だったと?」

「そう。そう思い込むことが蟻たちの矜恃なの。」

「そうかな。君はあまりにも高慢過ぎないか。」

「どういう意味よ?」

「だって別に、蟻が人間を尊く思い憧れる理由なんてない。仲間が踏まれた憎しみの対象ではあったとしても。」

「ふーん、そう。私は憧れるけどね、巨大権力。」

「大物政治家?」

「違うわ。」

「天下り天国だよ?」

「天下り天国ってなによ。下った先も天なの、可笑しな話ね。」

「それもそうだね。それで結局君はなにに焦がれているの?」

「そうね、あなた、かな。」

「えっ?」

「私にとってのあなた。」

「ははっ。なんだそれじゃあ君の夢、とっくの昔に叶っているじゃん。それに、」

「それに?」

「いや、なんでもない。」

「狡い。」

「おやすみ。」

「お、おやすみなさい。」

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