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調律

 私達は心臓の位置を知るために嘘をついた。嘘をつくとドキドキして住処を教えてくれるから、何度も嘘をついた。その度に心が大きくなっていくようで嬉しかったけど、いつか穴が空いてしまう気がして少し怖かった。あなたは私に嘘をつくときに鼻を掻く。他の女に嘘をつくときは鼻を啜る。そんなことを知ってしまっているのは、私もかつてそうだったからだ。意識的に、罪悪感をもったまま嘘をつくと、自分の心を誤魔化すように行動してしまうのだと、随分前に気がついた。それから私は、嘘しかつかなくなった。そうするといつか、私の中から本当が消えてくれる気がした。
 動悸で肥大化した心臓は、静かにしか動かなくなった。大きさが重さとなって私を押し潰した。あとちょっとで、本当がなくなってしまう気がした。願っていたことも、叶いそうになると怖い。でも叶ってしまえば、それはそれでよかったと思えるだろう。中途半端に思い留まらず、いっそのこともう亡くしてしまいたい。そうやっていざこざと考えても私の本当はもう殆ど使い切ったから、笑っていても泣いているし、号泣しながら笑っている。馬鹿みたいでいけないな。

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