君は甘い蜜

 人生は短い。それなのについさっき考えていたことを平気で忘れてしまう。こんな不甲斐ない脳でも、一番大切な何かだけは覚えて帰ってくれたらいいなと思う。はて、大切な何かとは酷く曖昧だ。大切な何かとは何だ。家族の命か、自分の生活か。両方大切だ。優劣つけ難いくらいに。でももっと大切な何かが、喉の奥につっかえている。何だっただろう。死なないことだっただろうか。いや、それとも、働くことだっただろうか。後者でないことは確かな気がする。

 ああ、そうか。生きることだったかもしれない。知らないけど。書くことも思いつかなくて、書き方も忘れて、話す相手を失っても、当たり前の生活を亡くしても、それでも尚今ここに存在している自分は、想像以上に尊いものらしい。

 書きたかったことも、したかった話も、読みたかった本も、会いたかった君も、ずっと前からもうまやかしだったみたいだな。君に会って、ちゃんと会って、君に笑われていたかった。今に会える、ちゃんと会える。お互い生きてさえいれば。君に会って、どうしても伝えたいんだ。君に会いたかったことを。ただそれだけのことを、泣きながら伝えたいんだ。困った顔で笑う君の、笑窪を人差し指で埋めて、ほらもう寂しくないよって。

 でもね、これだけは、会えなくたって言っておける。大好きだよ。きっと明日もその先も。

 君の息さえ続くといい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?