ローズマリー

 道は、多種な生物が多様なものを踏んでできる。誰かの落とした大事な何かが踏まれ、誰かの大事な人や思い出を踏み、靴底にくっつけて持ち帰る。得体も知れない誰かは私たちを経由してまた、どこかの馬やその骨のもとへ吸い寄せられていく。
 数日前になくしたキーホルダーはどうなっただろう。対になっているのに一緒につける人もいないから2個づけしていたキーホルダー。あの全国道路共通の溝に落ちただろうか、それとも蹴られて公園にでも運ばれただろうか。もしかしたら、ショッピングモールで清掃されたかもしれない。近所の子どもが拾ったけど英語が読めずに校庭に埋められたかもしれない。犬や猫が飲み込んで後悔しているかもしれない。いやきっと、どこか道端に落ちて雨を浴びて乾いた頃だろうな。なくしてしまったという少しの悔しさを他の動物に被るなんて美しくない。
 コンビニに行った帰りに、下を向いて歩いた。今までなくらなかったのが不思議だよ。守り切った。と思っていたのに、今さら見つけてももう汚れてしまっているのに。それなのに探してしまうらしい。未練というのは一筋縄では括れないね。でも、いつも何かを探している気がする。だからいつも、何を探しているのか、若しくは捜すべき誰かを探っている。だからたまには、目に見える不安や、明確な目標があってくれるのもいいな。だって味見って楽しいじゃない?漠然も愛しているけどね。

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