may so...

 「目を閉じたときにやけに鮮明に聞こえるこの音が本当に実在して、君にも聴かせられたらよかったのに」

そう言われて僕は、初めて耳鳴りにも色があるのだと知った。僕の経験したことのある耳鳴りと君のいうそれはまったく違うものなのかもしれないが、それでも、幼少期の僕にとって眠れない夜の所以だったそれを、少しだけ赦せたような気がした。
「ねぇ、その音ってさ、」
「なあに?」
「どんな匂いがするの?」
「ないわよそんなの」
「僕が聞いたときにはね」
「聞いたときには?」
「ガスの匂いがしたんだ」
僕は初めて君に嘘をついた。嘘とは不思議なもので、ついた途端からいつもよりずっと滑らかに舌が動く。

「ガスってね、本当は無臭らしいんだけど、」
「そうなの?」
「だけどね、もう僕らにとってはあの匂いが、ガスの匂いであることと同じくらい、」
そう言ってから小っ恥ずかしくなって目を開けた。僕は君にまたねと言いそびれたと思いもう一度睫毛を合わせたが、君にはもう僕の声は届かない。

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