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メモより、夕日を添えて

 土に埋めたはずの彼の声が耳元で聞こえている気がする。確かにサヨナラしたはずだった。なのにあの夜から、今まで以上にあの人のことを考えていた。
私は彼を嫌ったはずだったし、彼はきっと今までもこれからも私を知らない。だから埋めた。声を、彼を。それなのに忘れられないのは、そのほうが都合がいいからなのか、それともただの罪悪感か。答えの出る問いほどつまらないものはないが、答えのわからない永遠ほど気味の悪いものもない。
 私にとっての大きな出来事が誰かにとっての塵であるように、私のあの夜の行動も、彼にとってはなんでもない、一匹の蚊に噛まれるよりも些末な、そんなことだったのだと思う。それさえわかっているのに彼を憎んで離せないのは、そうだ。私が彼に依存しているから。それより他ないのではないか。
 私は大きなシャベルを買って、土を掘った。掘っても掘っても、埋めたはずの何かは、どこにも存在しなかった。私は泣いた。泪は、土に落ちては乾く。堕ちては渇く、私と同じ。

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