栗拾い

 大きな栗を拾った。夕暮れ時に少し遠くのコンビニまで足を延ばしていたその往路に、大きな栗を拾った。路地に落ちていたその栗に仲間は見当たらなかった。それにこんな夏の前の時期に栗を買って帰る主婦なんて僕は聞いたことがない。コンビニで支払いをすることや期間限定のスイーツを買うことよりも、この出会いを優先したいと思った。この前やっと読了した小説の主人公ならきっとこの栗を持ち帰って名前を付けて、喧嘩をしながらも共に生きて、ただの物体であることに気付いた暁には一晩中泣き明かすのだろう。今読んでいる物語の女なら、一瞥したのち舌をひとつ打って二度程蹴ると興味をなくして放置してしまうだろう。そんな下らないことを考えているだけで日が落ちてしまえばいいのに、一生の刹那さに反発するように一日はクソ長い。
 コンビニへ行くのを断念して栗を持ち帰った。僕はこのたった一つの栗をどうやって食べるかを真剣に考えている。栗ご飯にもモンブランにも満たないこの栗は、やはり茹でて食べるに限る。若しかしたらこの栗の中には男の子が入っているかもしれない。割ってみると、大きな声で泣きだすのかもしれない。そう思ったのは、昨夜観たテレビドラマの子どもに絵本を読み聞かせるシーンの影響より他なかった。桃と栗の先端の形が似ていたせいでもあるが、そういえば僕は桃太郎の棲んでいたような桃を見たことがない。栗を茹でて割ってみるとそこに身はなくて、生きているのか死んでいるのかわからないにょろにょろとした虫が一匹肥えているのみだった。僕はその虫に少しばかり同情して庭の花壇に埋めた。そして久しぶりに水やりをした。君が立派に育つように。

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