散歩

去年の夏、田舎から都内に引っ越した。すぐに仕事を始め、駅の近くの家を借りた私は、近所のことが未だにわかっていない。
この間も、駅の反対側を歩いていると数分で道を迷った。今夜の徘徊だってそうだった。知らない美容院や歯科がたくさんある。ただそれが、悪いことだとは限らない。
 知らないということは知る喜びを得られるということだ。そして何よりの特典は、向こうも私を知らないということだ。肖って、私は私としてではなく、ひとりの人間として、そこに存在できる。

 人は自分を愛してしまう。そのせいで、自分にコンプレックスを抱いてしまう。誰かに個性でタグ分けされて、怒られて、褒められて、見栄を張る。私は私になって、彼女は彼女らしくなって、あなたはあなたになる。でも、私だってたまには、憧れのあなたになりたい。
まだ私を修了していないこのまちでは、私は時折あなたになれる。私は、私よりあなたと仲の良い、憎らしい彼女にだってなれる。方向音痴のせいで取り出したスマートフォン。そこに光った通知の由来が、彼女じゃなくてあなたならいいのに。って、知ってるよどうせ、公式アカウント。

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