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アイデンティティーの喪失

小さい頃から悩んでること、発達障害の私はいつもどこか社会から取り残されているような気がしていた。中学に入ってからは同級生に無視をされて仲の良い友達はたった2人。

どうやら私はいつもアウトサイダー。高校に上がってもうまく女子グループに入れなった。地味な女子グループに入っていた。

ずっと私は何者にもなれないような気がしていた。アイデンティティクライシスとうらしい。自己同一性の喪失とともに生きてきた。

長女で良い子いけなきゃいけない。勉強もそれなりに出来ないといけない。ただ問題を起こさずに無難に学校生活を送っていたけど、将来の希望みたいな、明るい自分の将来像的なみたいものは持てずにいた。

集団に馴染むのがどうも苦手、昨日のドラマの内容がどうのこうの、芸能人のゴシップネタ、正直どうでもよかった。

イギリス人の留学生と政治について話し合う。こっちの方がよっぽど建設的な話だし、私は彼女と話している方が楽しかった。

かなり大人びた留学生と私。でも、それが心地よかった。確か彼女の将来の夢はお医者さんなることだったと思う。彼女が帰国してからは連絡も取ってないけど、賢い彼女だったからきっと今ごろ夢を叶えてるんじゃないかな。

私の方はごくごく普通の大学に進学。本当はアメリカのダブルメジャーに憧れてたけど、我が家にはそんな余裕はなかった。妹二人だし・・・英語を専攻してとりあえず1カ月留学。そこでやっぱり日本より外国の方がいいななんて。

英語が好きで英語専攻にしたけど、まわりはとりあえず大学に行こうって感じで大半が英語と関係のない職に。私もそれにならうように全く英語を使わない職に。

どうして英語専攻であんなに勉強したんだろう?でもみんなそれなりに社会に馴染んで生きている。好きな事を仕事にはできない。ある数の人はそれを当たり前のこととして毎日仕事をしている。

私にはさっぱりわからなかった。みんな我慢して生きてる。どうしてなんだろう。どうしてみんな平気なんだろう。結局我慢出来ずに大学院に進学。やっぱり英語が好きだし研究も楽しかった。

でもここでも同じ問題。文系は普通に就職。みんな研究とは違う道へ。私は病気と祖父母の介護で退学。でまた英語とは関係のない職へ。

私何やってんだろ。私はどこに行きたいんだろう。私ってなんなんだろう。ずっとこんな感じ。

でも、大学院に行ってた頃、「今だに僕何がしたいかわからないんだよね。」と言った教授がいた。東大で博士号取った人なのにそれもおじさん・・・今だにこの言葉はずっと記憶に残ってて救われている。

今はやりたいことが明確でなくてもいい。自分は少なくとも人より多く悩んでる。こんな自分をそのまま受け入れたい。30代になってやっと少しずつ私のアイデンティティークライシスなるものが癒されてく。

やりたいことがありすぎて悩んでるのかもしれない。選択肢は多い。直感で進みたいように生きていく。もうそれでいい。結婚して子供産んで家庭を築くみたいな普通に憧れはするもののただの主婦で終わりたくない。

研究心は途絶えていない。本音はいつもいつか博士とりたいと言っている。でも文系で博士とっても職はポスドクにすらなれない。これが私の目の前に用意された現実。さてこんな時代をどう私は生きたいか。

まだまだ悩んでるけど私はとりあえず前に進みたい。どんな形であれ進まないとその先の景色は見えない。自分にとって新しい世界に飛び込む。多分それが私の好きなこと。で、「これが私。」でいい。



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