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風はすべて追い風。

JR新宿駅の西口改札。
都庁方面にずっとずっとまっすぐ続いていく、地下通路。

とんでもない数のひとが朝夕、同じ方角に向かって歩いていく。

彼女はここを逆走するのがだんだん得意になっていた。


どうして、東京というまちにはこんなにもたくさんの人がいるのか、
どこからやってきてどこへ帰っていくのか、
不思議で不思議でたまらなかった。
人の流れを見ているだけで、酔いそう。
大阪から東京オフィスに異動になって着任初日、
新宿駅から徒歩5分のはずの会社まで
いつまでたってもたどり着けなかった(つまり見事に遅刻)。

前任者である先輩はすでに退職していて、
デスクでぽつんと待っていてくれたのは
透明のプラスチックケースに挟まれた「神奈川路線図」と書かれた
派手な色が絡まったような迷路のようなマップ。

異動初日から横浜駅での待ち合わせ。
とりあえず鞄につっこんだマップには書かれていない、
湘南新宿ラインという緑とオレンジの電車に乗った。

このよく揺れる電車は、彼女の常に寝不足の身体には最悪だった。
新宿駅の一番はしっこのホームで、
ルミネの大きな看板のことばに励まされながら、
この電車を相棒だと信じて晴れの日も雨の日も乗り込んだ。
雪で湘南新宿ラインが止まっている日は、青い電車に乗ることにした。
電車に乗ることもいつしか上手くなっていた。

田舎育ちだから。
高層ビルはいつもつい見上げてしまう。
そして、大きいなぁと当たり前のことをいつも呟いてしまう。

新卒の時に勤めた会社から転職して叶えた、
スーツをきてヒールをはいてかっこよく歩く人になりたい、
という高校生の頃からの夢。
大阪ビジネスパーク駅の階段を登り切ったところで見た
高いビルとビルの間に見える空に、
飛行機が進んでいた風景をいまだに忘れない。
(ちなみに、その日初めて訪問した大阪ビジネスパークの
クライアントにその感想を伝えたら失笑された)

東京というまちには「超高層ビル街方面」という表示がぴったりの、
こんなふしぎな世界があるなんて。


気持ちがいっぱいになったら、いつも、ビルの外でビルを眺めた。
超高層ビルたちは今日もそこに立っている。
ビルの日々のご機嫌具合は分からないけれど、
きっといつもと変わらない。

この赤茶色いビルが、もし根本から折れるように倒れてきたら。
その日には、ここにいる人たちはどうなるんだろう。

今日ここで私が倒れたら、どうなるんだろう。

たぶん。
東京というまちにどうしても馴染めずにいたんだと思う。
仕事がうまくいっても嬉しくなくって、うまく笑えなくって、
目の前のひとのうれしいことを一緒に喜べなくって。

たぶん。
ひとりで生きていこうとがんばりすぎたのだと思う。
たくさんひとがいる中で、自分の存在ってなんなんだろうって。

たぶん。
周りの同僚や上司にも、取引先にも、
地下通路を過ぎていく人にも、高層ビルにも、
なにものにも負けることが怖くって。
強く前を向いて戦わなきゃって
分厚い膜を身体の周りに張りめぐらせていたんだと思う。

遠くに見えるオレンジ色の東京タワーも、
みるみるぼんやり滲んで味方にはなってくれなかった。


強くなりたいのに、強くなれる方法が分からなかった。
強くなるのが正解だと信じていたけれど、
強くなっていくことが怖かった。

つよいって、そんなにだいじなことなの?


あの頃の、彼女へ。

いつかまた、東京のまちに行くことがあったら、
晴れた日にもう一度ここで赤茶色の高層ビルを仰いでみて。

ビルのあいだを抜ける風、ビルより高いところで広がる空、
ビル街のくせに緑がたくさん植わっていて、鳥が飛んでいる広場。

きっと、味方を見つけることができる。

一生懸命に毎日を生きていた場所。
うれしくてかなしくてたのしくてくやしくて、
たくさん考えて、いろんなきもちを教わった場所。

大事なことに気付いた、
いつか自分におかえりって言ってあげられる場所。

もし今いる場所でちょっと疲れてしまったときには、
ここにきっと、自分で見つけたちいさな居場所があるから。

だいじょうぶ。いつかいつか、待っているから。



タイトルの「風はすべて追い風。」は
「風はすべて追い風。わたしがどこを向くかだ。」
尾形真理子さん作、2014年春のルミネのコピーからとっています。

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