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あなたが人生で見た一番美しい景色は、どんな景色ですか?

お友達になったばかりのさえさんが、逃げBARという場所で1日店主をするらしい。そこには白い棺があって、生前葬ができるらしい。

聞いても頭の中は謎だらけ。あまりに普段の生活にない言葉やコンセプトばかりが並んでいて、なんのことやら理解できない。でも、理解できないことをやってみたいという気持ちが強い今、お友達も一緒だしという心強さもあり、これは行って見なきゃと行くことにした。

一緒に行ったのは、アート合宿で出会った仲間たち。
絵を見せるということは、心を曝け出すこと。
そんな経験を共にした仲間だから、本当に素直に心と心で触れ合うことができると感じている。

メンバーのうちのひとりが、棺に入り、手を胸の前で組み、目を閉じる。肌の質感、唇、まぶたのきわ、全てが真に迫る。お葬式の時のあの、現実感がない白けた雰囲気、やけに外が明るく感じるようなあの感覚。怖い気持ち。自分の身体が固くなる。

私は、彼に対して3つの質問を投げかける。
それを受けた彼が、すこし時間を置いたあと、唇やまぶたをピクッと動かして、話し始める。一言一言が重い。「父親」そう答えた彼の脳裏には、どんな思い出が、どんな景色が浮かんでいるんだろう。

次にわたしの順番になり、棺に横たわる。
ひとつめの質問は「あなたの人生で、一番美しいと感じた景色はどんな景色ですか?」
それこそ走馬灯のように、色々な景色が浮かぶ。ブルックリン、オーストラリア…パタパタと移り変わっていくシーンの中で、目が離せなくなった景色がひとつ。それは、娘の生まれた瞬間。

前日に破水して入院した私は、夜中のあいだずっと陣痛で苦しんだ。色々な鎧を纏っていた当時、弱音を吐くなんてことも知らず、どの程度の痛みで助産師さんを呼んでいいか分からず、ベッドの上でひとり、ただただ耐えて、耐えきれなくなって助産師さんを呼んだ時には子宮口はだいぶ開き、すぐに移動することになった。

だけど、その後、娘はなかなか出てくることができず、心拍数が低下。助産師さんがわたしの上に馬乗りになり、お腹を押す。私はもうこの痛みから解放されたい、その一心だった。

娘が生まれた瞬間、私は疲れ果てていて、何の感情もなかった。「可愛い」「うれしい」そんな感情を想像していたのに、本当に、信じられないほど、私の心は何も動かなかった。そんな自分に微かな罪悪感を覚えた。

当時の私は、あの朝の光景を美しいだなんて、思ってもいなかった。無機質な分娩室と疲れ果てた私。だけど、たった今自分が死ぬとしたら、思い出すのはあの朝のあの光景なんだ。美しさ、というのは、やはり心に宿るんだろう。

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