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電源タップ(6年選手)

かれこれ6年間、毎日私の生活を支えてくれているものがある。電源タップだ。

私のやつは、青いボディにオレンジのスイッチが付いている。コンセントが2個挿せる。

そして、丸い。小さいホールケーキみたいな形をしている。電気を家のコンセントから取ってくるコードを、ぐるぐる巻いて収納できるようになっている。

直径は手のひらから少しはみ出る程度で、大きいとも小さいとも言えない。
決しておしゃれな代物ではないことを、伝えておきたい。

この電源タップは、当時19歳だった私に、父がプレゼントしてくれた。私がイタリアへ、1週間程度の旅に出ようとしていたときだった。
やたら重くて複雑な、奇抜な色の変圧器と一緒だった。

誇らしげに渡してきたことを覚えている。私はただ、短いお礼を述べただけだった。

それまで、私は父からそれらしいプレゼントをもらったことがなかった。家族への出張のお土産や、母が選んでくれていた誕生日プレゼントなどはあった。

ただ父自身が自分で品物を選んで、私に直接くれるということは後にも先にもない。この電源タップと変圧器だけだ。

プレゼントというにはあまりに実用的な物とその見た目に、私は多少なりとも圧倒されていた。

私の持ち物に加わった電源タップは、6年間、国境を超える4度の引っ越しを共にしてくれ、今は日本で私の冷蔵庫と電子レンジを支えている。
変圧器は、シェアハウスで少し家を空けていたときに、なくなった。誰かが使ってそのままどこかに置きっぱなしにしたのだろう、と思っている。


この電源タップには何度助けられたか、しれない。

引越しと言わずとも、旅行などするとき、これから一晩二晩、過ごす部屋に入って、まずすることのひとつに、コンセント探しがあると思う。

私は、スマホを充電しながら眠り、かつ目覚ましをスマホでかける。その場合、枕元のコンセントが必要になる。

他にも、出張の際はPCを使う場所の近くにコンセントがあってほしいし、髪をアイロンでセットする場合は鏡の近くにドライヤーなどにつながっていない余分なコンセントがほしい。

誰かと旅行するときはお互い気を使いすぎないよう、それぞれの場所に人数分ずつコンセントがあると大変ありがたい。

でもこれらの希望が叶えられることは少ない。
友達と旅行したときはちょうど良い位置のコンセントを譲り合うし、朝の身支度の時にはヘアアイロンのために別の充電コードなどを抜いたりすることが毎回起こる。

そんなときにこの青くて丸い、電源タップが現れるのだ。もし良ければお手伝いしますが、みたいなあくまでも控えめな態度で。

ここでふと父のことを思い出す。
普段暮らしていても、思い出すのはどちらかというと母の方だが、旅行中は父のことをよく思い出す。電源タップのせいだ。

父は決して寡黙な人というわけではなく、どちらかと言えばよく喋る方だ。女ばかりの家族で少々肩身が狭そうにも感じるし、母に聞く限り仕事では苦労が多そうだが、基本的にはいつも明るく、塞ぎ込んでいるところなど、見たことがない。

ただ、そういう明るいお父さんは、子供をまっすぐ愛し、ストレートに愛情表現をしそうなものだが、ここはなぜかそうでもない。
どちらかというと、スパルタな教育だったように思う。

雨だから駅まで車で送り迎えしてあげよう、なんてことは成人するまでついに一度もなかったし、ものをねだって買ってもらったことなんかもない。
そもそもねだるという概念がなかった。

大学生になって、友人が少し高価な欲しいものはお父さんに頼んで買ってもらっているのを見て、「そういうものか」と思ったくらいだ。
そして自分も試してみて、あっさり断られた。

とにかく、「父親が娘に対して見せる甘さ」のようなものが、なかった。
とは言え、自分が愛されていないと感じたり、必要なものを与えてもらっていないと感じたことは特になかった。

必要十分な愛情を与えてくれていたのだと思う。

その父がくれた電源タップ。決して高価でもおしゃれでもないものだけど、やたら使えるやつなのだ。なんだか悔しい。

そしてその電源タップに父の想いをのぞき見る。

「どこにでも、しなやかに適応して快適に生きていける人間であって欲しい」

これまで私を甘やかさなかったのも、最初で最後のプレゼントが電源タップと変圧器だったのも、全てこの願いに通じている気がしてしまう。
背筋が伸びる。

これまで私にプレゼントをくれた家族は、どんな願いをこめてくれたのだろうか。
そう考えだすと、もらった愛や願いの、あまりの多さに、圧倒されそうになる。

もちろん、プレゼントだけが愛情表現の全てではない。プレゼント以外で示してもらっていた愛情もたくさんあると思う。


でもプレゼントがきっかけとなって思い出す愛情があるのだから、私も大切な家族へのプレゼントに全力を注ぎたい、と思う。








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