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S子ママの思い出

 銀座8丁目のスナックYに通って16年ほどになります。

 まだ独立して1年ぐらいだった私は、ある政府系団体にITコンサルタントとして常駐していました。そのときに、以前いた会社の先輩にお仕事をお願いしたことがあったのです。

 先輩はあるデータ分析の専門会社に転職し、そこの役員をされていました。その会社のデータ分析技法が携わっていたプロジェクトにちょうど必要だったのでした。

 そのお仕事が終わったときにお礼ということで連れて行っていただいたのが銀座8丁目のスナックYでした。

 私は当時別のお店に通っていたのですが、そちらは金銭的な負担が大きく(それでも銀座ではリーズナブルなほうでしたが)、懇意にしていたホステスさんも辞めるというので、もっとお手頃な価格で飲めるYに移ることにしたのです。

 当時の私のマイブームは、水商売の女性にカミングアウトすることでした。別にモテたくてやっていたわけではないのですが、なぜかモテるのです。まあ男としてモテるというより、友達になれちゃう感じですね。そういうのはモテるとは言わないか(笑)

 でもビフォー、アフターとも友達感覚で遊びに行けることもあり、気にいった子にはすかさずカミングアウトすることにしていました。「キモイ」と言われたら、そのお店に行かないと決めていたのですが、そのような憂き目に遭ったことはありません。

 のちに男性にもカミングアウトするようになってわかったのですが、水商売の方々はあまり偏見というものをお持ちでないようです。カミングアウトすることでむしろ親しくなれた方がほとんどでした。

 そんなんでしたからYのお店のスタッフにも早々にカミングアウトしました。もちろんS子ママにも。

 ある日、S子ママに「ねえ。名前を付けてくれない?」とお願いしたところ、今も使わせてもらっている「ミユキ」という名前を付けてくれました。だからS子ママは、私の名付け親なんです。

 S子ママはお仕事が好きで、日曜日以外は祝日でも営業していました。家にいても暇なんだそうで、それならお客さんが来なくても、お店に出て、帳簿を付けたり、お掃除をしたりしているほうがいいのだとか。

 とはいえ土曜日はたまたま休日出勤をしている人を除くと、会社帰りの人が基本的に来ないので空いています。

 そこで「お友達を呼ぶので、土曜日に遊びで1日ママをさせてもらえないか」とお願いしてみたのです。ドレスを着て、お酒を作って、お客さんを接待する――要するにホステスさんに憧れていたのでした。

 S子ママは快諾してくださって、私も気合いを入れてお友達を集めました。とはいえ小さなお店でしたら総勢5、6人というところでしたが、ママはママでお店のスタッフやお客さんを呼んでくださったので、かなり賑やかなイベントになりました。

 それで味を占めて、数カ月に1回Miyuki's Barというイベント名で、ママをやらせていただいたのでした。

 1日ママ体験の中で、S子ママからたくさんのダメ出しをいただきました。それが今の女らしい仕草や考え方を身に付けるきっかけとなりました。その意味で、S子ママは私のメンターでもあったのです。

 そのうち、私は女性装をしてYに行くようになり、それに伴ってMiyuki's Barのイベントはなくなっていきました。私としては女の格好で飲みたかったのがMiyuki's Barの主な開催目的だったので、その必要性が薄れていったのです。

 いつの間にか、S子ママもお店のスタッフも常連さんも私のことを「ミユキ」と呼ぶようになっていました。ミユキの顔しか知らないスタッフやお客さんも増えました。

 東日本大震災のあとぐらいがお店の絶頂期だったと思います。BBQイベントを開催すると、日曜日にもかかわらず結構な数の常連さんが集まりました。しかし常連さんが1人また1人と定年退職していくにつれて、私1人しか客がいないような日が何度もあるようになりました。

 一時期のママの口癖は「死にたい」でした。ただ、それもベテランスタッフが原因不明の病気(病気なのかもよくわからなかったのですが、みるみるうちに痩せ衰えていったのでガンだったのかもしれません)で突然死してからは、言わなくなりました。

 その後、すぐにコロナ禍になり、私は真っ先に潰れるのではないかと心配していました。古くからの常連さんがもっと心配してくれて、彼の呼びかけで有志によるボトル予約に参加したこともありました。今思えばそれも焼け石に水だったのでしょう。

 補助金をもらいながら意地を見せてきたのですが、年内に閉店し、故郷の沖縄に帰ることを決心。その決心を昨日(2022年10月13日)に聞かされたのでした。

 毎月数十万円の赤字を続けてきた上での決心です。以前からしんどいのはわかっていたのでショックはありませんでした。むしろ苦しむ姿を見なくて済むとホッとした面もありました。

 それにしたってやっぱり寂しいです。だってS子ママに女として育てていただいたのですもの。

 私はまだ沖縄に行ったことがありません。初めての沖縄には、女性の格好で行くことになりそうです。

自分のしたいことと向き合うことで、わたしはしあわせになれたと思っています。わたしの生き方を知って、ちょっとでも癒やされる人がいればいいなあという気持ちで書いています。スキやフォローは本当に励みになりますので、よろしくお願いいたします。