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奈良に行くなら[19]〜東大寺修二会編

2022年3月。1271回目を数える東大寺修二会が今年も始まっています。

「お水取り」として親しまれるこの伝統行事。旧暦の2月に行われていたため修二会と呼ばれますが、正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)」といい、二月堂のご本尊である十一面観世音菩薩の前で過ちを懺悔し、鎮護国家・天下泰安・風雨順時・五穀豊穣など除災招福を祈り、人々の幸福を願います。

毎年2月20日から別火(べっか)と呼ばれる準備期間を経て、3月1日から14日間に及ぶ本行が始まります。別火とは、俗界の火を用いず、火打ち石でおこした新たな火で精進潔斎生活を送ること。また本行開始時も、授戒を終えた練行衆がお堂に上がる3月1日午前1時、火打ち石で新しい火が切り出され、燈明やお松明などすべての火がこの炎からつけられるそうです。

お水取りといえば、何といっても二月堂の舞台から火の粉を散らすお松明。これをお水取りだと思っていた人…はい、私です。火の粉を浴びると無病息災? なんか途中でお水汲みに行ったりもする? から「お水取り」なんだよね? と。奈良に通い出してから「お水取りを一度見てみたい〜」と長年思いつつも、修二会の意味を実は何も理解していませんでした。
少し知るだけで見え方が随分変わってくる。今年は画面越しに体験することもできる2022年の修二会、ちょっと覗いてみませんか?

JR東海 うましうるわし奈良


決してやめてはならぬ

奈良時代の752年(大仏開眼と同じ年)に始まってから、一度も途切れることなく行われてきた「不退の行法」という事実は、比較的広く知られていることでしょうか。
一度も途切れず…と言葉ではさらっと言えてしまうけれど。
いつなんどきも。
それは、平家による南都焼き討ちにあい大仏が焼け落ちた時も、戦国時代の合戦で再び大仏が焼け落ちた時も、昭和に入りB29が上空を飛んでいた時も、修二会は行われてきた。「不退=決してやめてはならぬ」と。

それを1270年、1270回とは。ちょっとアタマくらくらするくらい想像を絶する数字です。この不退の行法を守り、続けてきた皆さまのその覚悟はいかばかりか。

そこへコロナの影が忍び寄ってきたわけです。

「練行衆の中から陽性出たら、修二会そこで終わりや」
断絶の危機に直面した2021年。和上を務められた狭川別当の言葉は、非常に重く感じました。

11名の練行衆とサポートをされる方々総勢39名が、それぞれの事情を抱えながらも、ともに参籠した昨年。前行のさらに2週間前から隔離生活を送って2月20日の別火を迎えたそうです。そしておそらく今年も…。

◆修二会の概要と日程↓


闇を照らすお松明

3月1日午後7時。1本目のお松明があがりました。

松明はお堂にあがる練行衆の足元を照らす道あかり。炎の灯りに導かれて登廊をあがった練行衆はお堂に入っていきます。

日々のお松明が10本なのは、11名の練行衆のうち、堂内の準備や掃除等を主に担当する処世界さんが先にお堂にあがっているから。練行衆の足元を照らしてきたお松明は、その役目を終え、炎を小さくするため舞台で振られるわけです。お松明はいわばイントロダクション。ここから行法が始まるのです。


謎の食堂作法

お松明から少し時間を戻して(もしくは早送りして)お昼の話です。
練行衆は正午になると食堂(じきどう)に入り、祈願などの作法の後、食事をとります。
この食堂でのお作法として、食事中、一切話をしてはならないという決まりがあるそうです。おかわり(汁ものは許されている)の合図なども箸でお膳を叩いてされるとか。この黙食について、決まってはいるけれどどうしてなのかは伝わっておらずわからなかった、というお話をしてくださったのは庶務執事であられる森本さん

コロナ禍で色々なことを見直してみると、この食堂作法は感染症対策の一面もあったのではなかったか? 1270年続いている中で、何度もそういうことがあり何とかしてそれを避けようという意味合いがあったのではないか。という分析をなさっていたのがとても興味深かったです。
(修二会が始められる少し前、天平の時代にも天然痘が流行し、人口のおよそ3割が犠牲になったと推定されています)

食堂作法でもうひとつ面白いなと思ったのが生飯(さば)投げ。食事を終えて出てきた練行衆が、紙に包んだご飯をお隣の閼伽井屋(あかいや)の屋根に向かってえいっ!と投げる。鳥獣たちへ食物を施すためのもので、これを待ち構えている鹿ちゃんやカラスさんも。お裾分けのお作法があるって、なんだかいいですよね。

見ている私たちは、ここでちょっとほのぼのしちゃったりするのですが、練行衆の皆さまは以後、深夜に行を終えるまで、食事はおろか水さえも口にできないわけなので(走りの行の後のみ、水が許されます)心の中でエールを送りつつ…


兜率天の時間に近づくための走り

上七日(じょうしちにち=本行14 日間のうち前半7日間)と下七日(げしちにち=後半7日間)の後半3日間(14 日間のうちの6日間)行われる走りの行法。

兜率天で行われていた法会を、地上にもたらしたいと望んだ実忠和尚。天上界の1日は人間界の400年(!)にあたり、天女には時間の流れが違うから無理だ、と断られる。ならば走って行いましょう。ということでお堂の中を練行衆が走り回っては、五体板に身体を打ちつける。こうすることで行道の数を満たすのだとか。

私はこの様子を初めて見た時「ルルベアップ(バレエの基礎練でよくやります)されてはる!」と驚きました。かかとを上げて走っておられるのは、足音を立てないようにするためだそうです。


お水取り

二月堂の下にある若狭井から香水(こうずい)と呼ばれる水を汲むのがお水取りの儀式。井戸を覆う閼伽井屋の中には咒師(しゅし)と堂童子の2名だけが入ります。香水を汲む儀式は秘儀とされ、その中で見たものは決して他言してはならないとのこと。

雅楽の音が響く中、お松明の炎に照らされる荘厳な世界。こんなの目の前で見たら、きっと寒さ以上に震えあがる…


達陀(だったん)

水の神「水天(すいてん)」が病を癒す水を撒く。次に火の神「火天(かてん)が火の粉で世界を浄化する。そして40kgもある巨大な松明に火が付けられ、松明を持った火の神と、聖なる水を手にした水の神が向かい合って跳躍する。

この様子には本当にびっっっくり!!!しました!
なんだ? なんだ? これは? 神様のダンスか? それにしても国宝建築の中で何しとんねん! と思ったのですが。
江戸時代に一度、火事になったのもこの儀式がある日だったようで。
そら焼けるやろ!
松明を引きずったり、最後には礼堂(らいどう)に向かって松明を投げ倒していたりもするのだから。
いやむしろ、一度しか焼けてないのが奇跡!
…しかしよくよく調べると、燃えたのは下堂後とのことだったので、達陀の炎ではなく残り火のようですね。

何にせよ、お堂は焼けてしまいました。けれど修二会を続けていかないといけないので仮のお堂を建てました、と。
それが今の二月堂で、仮のお堂だけど国宝です。国宝云々に関わらず行法は続いてゆくのです。はぁ。。。すごい世界だな。


ちょーず、ちょーず

練行衆が下堂する時にかける「手水(ちょうず)、手水」という掛け声。手水とはお手洗いの意味。これは天狗を騙すためのものなのだとか。かつて練行衆が下堂している隙に天狗が悪さをしたことがあったようで。
ちょっとトイレ行ってくるだけだから、すぐ戻ってくるんだから、悪さすんなよ!と。

下堂のカラカラカラカラという音とちょーず、ちょーずの掛け声。小さな松明の灯りが階段を下りていくのを見届けて眠る、というのが修二会期間中の日課になりました。


籠松明

毎日10本あがるお松明ですが、お水取りが行われる3月12日は籠松明と呼ばれる大きなお松明が11本あがります。この日はすべての練行衆が上堂するため、11本あがるわけです。

普段のお松明が 7m、約40kg
→籠松明は 8m、約70kg
というから、そのスケールの違い、何となくおわかりになるでしょうか?
普段のお松明でも40kgですから! 童子さんは毎日もちろんお一人でこれを担いであがり、走ったりもするわけです。す・ご・す・ぎ・る。。。


二月堂からの生中継

さて。お松明だけが修二会じゃないよ、ということをいくつか書いてきましたが。
でもやっぱりお松明!見たくないですか?
ここでやっと冒頭の「画面越しに覗ける修二会」にたどり着きましたよ。

ニコニコ美術館さんが修二会期間中、定点カメラを設置してくれています。これで毎日、お松明あがるところを生中継で見られるのです。二月堂外観の定点なので内陣の様子は見られませんが、お松明を見るだけでなく、練行衆が堂内で履く差懸の音(沓音)や声明、五体投地の音、鈴や法螺貝の音も聞くことができます。
修二会のことを大して知らなかった私が、この私が。過去帳を読み上げているのがわかりました(コメントで教えてくださる皆さまのおかげです♡)どこを読んでいるのかを追えたのは嬉しかったな〜♪

クライマックスはやはり12日の籠松明(19時半から45分程度)でしょうか。
10本が一斉に振られる14日のお松明(18時半から10分程度)も圧巻です。
普段のお松明(19時から20分程度)でもその迫力たるや。闇を照らすお松明の炎、一見の価値あり!だと思います。
またお昼には生飯投げ(12時半〜13時ぐらいまでの間)が。カメラがうぃ〜んと動いて、食堂方面を映してくれます。
「手水、手水」の下堂は日によって(行法の内容によって)異なりますが、0時半過ぎ〜2時ぐらい(12日は3時過ぎ?)までの間でしょうか。
お水取りは12日(日付としては13日)の深夜1時過ぎ。
アーカイブでも見られますよ。

東大寺の修二会に関しては数々の文献を始め資料が沢山あり、私なぞまだまだ勉強不足ですが。
懺悔の五体投地、仏教の法会なのに神様の名前を読み上げる神名帳、過去帳に登場する青衣の女人、遅刻してしまった若狭の神様、お祓いの際に斜めがけの袈裟を片方の肩かけにして神様の世界と仏様の世界を行き来する咒師。

なかなかピンポイントでこの時期に奈良行けないな…と若干遠い存在だった修二会が、配信のおかげでぐっと身近なものに感じられるようになりました。
微力ながら心を寄せることで、世界の平和とすべての人が穏やかに暮らせるよう、ともに祈りたいと思います。

修二会に興味を持たれた方はぜひこちらも↓
森本さんがご案内くださる『奈良国立博物館・特別陳列「お水取り」を巡ろう』 ニコ美さん♡ありがとうございます。

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