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JR上野駅公園口(柳美里)

不忍池の風景には、東京の喧騒を弔うような寂寥感がある。

『JR上野駅公園口』
読み終えた後も、息苦しく、やりきれない虚しさが残る。
ホームレス、貧困、孤独死、バブル崩壊、東日本大震災、動物遺棄など様々な社会問題。
死ぬことよりも、生きていくことの不安。

上野恩賜公園にまつわる歴史を織り交ぜ、現代と過去を行き来しながら主人公の生涯を浮き彫りにしていく。

鬱々とした梅雨の居心地の悪さや、凍てつく冬の孤独感に苛まれながらも、時折春風のように訪れる優しいひととき。

貧しさの中で、母と妻は安物の毛糸で家族分のセーターを編む。穴が開けばセーターをていねいにほぐして毛糸を足して編み直す。「末の妹のみち子が左右の手にほどいた毛糸を掛けて、玉に巻いていくお袋や節子の手の動きに合わせて右左右左と手を動かして毛糸を送っていくのを見るのが好きだった。」(文庫p40引用)

家族を思い、仕送りを続けながらも、懸命に働いた。定年後には、夫婦で暮らした穏やかな数年間があり、孫娘との生活もあった。誰にでもあるささやかな日常。素朴な幸福。

同郷のホステスとの出会いや、ホームレス仲間との交流にも、主人公の人生の中での小さな幸福であったのだろう。

天皇崇拝についての描写も何度も出てくるが、それはここでは語るのを辞めておく。ただ、主人公を始め、生活に苦しみ、迷う者にとって、天皇の存在が心の拠り所となることは事実である。

いつか落ち着いたら不忍池を訪れたい。私が好きなもうひとつの東京。

そこには置き去りにされた東京がある。

それらを弔うために。

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