『観音寺睡蓮の苦悩』の感想という名の迷宮

よくネット上で見かけるのが、絵描きさんがオリジナルのキャラクターを描いてアップしたら、それを見た人から

「このキャラ、○○という作品の■■ってキャラに似てますね!」

と言われてしまう、という話だ。
この場合、感想を述べた人にだいたいの場合は悪意はなく、なんなら褒め言葉くらいの気持ちで言っているのだろう。
しかし、オリジナルを描いた側からすれば、お世辞にも気分のいいものではない。
そんな送り手と受け手の悲しいスレ違いは、さほど珍しい光景ではなく、今日もどこかで起きていることだろう。
まあしかし、この「○○っぽい」「■■へのリスペクトを感じる!」みたいな切り口は、感想を述べる時には非常にやりやすいのも事実なので、いいじゃないですか、使ってしまっても。

さてそこでカエルDX氏(@kaeru_dx)の『観音寺睡蓮の苦悩』である。

内容の詳細については、作者によるレポ漫画(なにそれ?)などを読んで貰うのが手っ取り早いと思われる。

私が本作を読んでパっと思ったのは
「んー、『かぐや様は告らせたい』っぽいな」
と、いうことであった。
具体的にどうしてそう思ったのかは後述するとして、まずは『観音寺睡蓮の苦悩』について簡単に語ろう。

要するに百合コメディ漫画――と、いうことになるのだろうが、一般的な百合漫画とはだいぶ毛色がちがっている。
ふつう百合漫画といったら、登場人物がイチャイチャしたりワチャワチャしたりネチョネチョしたりする様子を読者が楽しむものに他ならない。
言うならば、作品自体が百合フレグランス、百合フィールドに包まれている……そんな塩梅だ。
が、本作においてはいささか趣が異なっている。
『観音寺睡蓮の苦悩』の主要な登場人物四人のうち、「紫陽花」「椿」「牡丹」の三人は、確かに付き合いも長く仲良しではあるが、いわゆる百合ワールドの住人というほどにイチャコラしているわけではない(個人の感想です)。
ただ一人、主人公の睡蓮だけが重度の百合中毒者でありクレイジーサイコ百合女子であり百合―ディグシュタイナーの持ち主であり、彼女の故障した百合フィルターを通すことではじめてヒロインたちの関係性は瑞々しくも芳醇な百合の香りを醸し出し、睡蓮そして読者の百合器官を妖しく充血させてくるのである。

そういう意味で、ともすれば本作は観音寺睡蓮の内部だけで完結し、広がりのない物語もなりうる――――それが悪いといっているわけではない。無理に手を広げず、狭い土地を深く深く掘り続けるのも十分に意味のあることだ。まさに『井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る』というところか。作者がカエル氏だけにな。もっともこのことわざ、「されど~」以降はごく近代になって創作された文言のようなので、どだい両生類には限界があるのだろう――――が、今後どうなるかは定かではない。

例に挙げた『かぐや様は告らせたい』もまた、最初はいわゆる“両片思い”である四宮かぐやと白銀御行がいかにして相手に告白させるか? というのがテーマだったが、登場人物が増えることで次第に広がりが生まれていった。
単行本も20巻近くとなった現在では、かぐやと白銀のストーリーは進行しつつも、同時に展開されている他のキャラクターの物語も重要な要素を占めている。
実際のところ、いったいどうなるんですか例の三角関係は? 気になって仕方ないんですが? 何がどうなるのがベストなのか……このまま曖昧なままになるとも思えないので、きっと決断の時が訪れるのでしょう。それがどうなるのかまったく読めない……しかしこのモヤモヤこそがラブコメの醍醐味であり――――

話がそれた。

そう、『観音寺睡蓮の苦悩』もまた、今後より広がりを持ったり関係性が変化したりしていく可能性は少なくない。
別に睡蓮のキャラクター性がかぐや様っぽいな……とか、脳内会議とか始めるところも(これは他の作品でもよくあるが)っぽいな……とか、そういうだけの話ではないのだ。
本誌連載の方では登場人物が一気に増えたようだし、群像劇的な展開を目指しているのかもしれない。
もっとも、やみくもに増やせばいいってわけでもないのは、過去の作品の失敗を思えば難しい次第ではあり……

ともあれ。
1巻の時点でグッと作品世界に惹きつけられるだけのパワーは、ややもすれば物足りなさも覚えないではなかったが、ポテンシャルは確かにあると感じられもした。
今後もこう……なんかいい感じで盛り上がって、『観音寺睡蓮の苦悩 college』とか『観音寺睡蓮の苦悩 昼下がりの団地妻編』とか『観音寺睡蓮の苦悩 Next Generation』みたいに続いて欲しいと、切に願うしだいである。


以下はまったくの余談である。
私が本書を手に取った動機は、

「へえ、あのレポ漫画のカエルの人が百合漫画をねぇ……
まあ、ちょっとしたネタにはなるかァ……」

くらいの薄ぼんやりしたテンションだったことは否定しない。
しかし、購入して一読し、このテキストのために何度か再読していたら、結構この漫画が好きになっている自分に気づいた。

「俺は……けっこう好きだな……!」

とどのつまりは、そういうことなのである。
そうでなければ、このような怪文書をものするはずもなかろうなのである。
まあようするに、何が言いたいかと言うと……

「とりあえず、読んでみなはれ」

そんなシンプルな、アレなのだった。

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