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まさかの!!!まさかの待機児童!

夢に描いていた私のママ像はボッコボコ

早く子どもがほしかった私は、27歳の時に職場で出会って好きになった方と結婚をしました。
奇跡的に授かることができ、29歳の自分の誕生日に娘を出産しました。

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その後、自然の多いところで子育てをしたいということになり、地方移住計画をスタートしました。
赤ちゃん抱えながら、理想の家作りのために土地を見たり設計士を探したりしました。忙しいながらも夢に描いた暮らしに近づいていくのは、疲労よりもワクワクが勝るのです。

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赤子を抱えて東京から一人で運転して行った打ち合わせ


やっと理想の場所を見つけ、契約を進めていく中で・・・暗雲が立ち込めました。

「ちょっと話したいことがあるんだけれどいい?」と夫が。
義母と義父が「一緒に住みたいらしいから、一緒に住むことにしたから。
楽しみらしいよ!!!」

えええ???事後報告??決定済みですか????

とは思ったものの、ここで出てしまいました・・・
嫁は文句を言うべきではない呪縛。

今思うといい嫁を演じようとした私に完璧に非があります。

唯一同居のメリットは、義母が預かってくれるから働ける!
私は、産休に入る前の保育園の系列園での仕事で復帰する予定でした。

そして住んでみると、週3くらいなら半日くらい見ててあげるわよと義母。
え??パートじゃないし・・・会社は退職することになりました。

もうね、いろいろな珍事件が起こったわけです。
絶対に読めない量の長さになるのでここらへんにしますね。

一つ私が言えるのは、結婚してお互い元気なうちは同居はしないほうがいいということです。

夫婦でお互いの価値観をすり合わせたり理解して認め合うだけでも大変なのに、いっぱい登場人物がいたらそれは本当に大変なわけで・・・

ごめんなさい!!同居、甘く見てました。

1年弱一緒に暮らし、身も心もボロボロになり東京へ戻ることを決意しました。その後、数か月して離婚への意志を固めていきました。

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何週間もかけて色んなお店を見て決めて、サヨナラした理想のキッチン笑

待機児童になったから、起業始めました

東京に戻り、実家にスペースを間借りしながら家事手伝いをしていました。
娘も1歳半を過ぎたところで働かなくては、と保育園に申請を出しました。
しかし、まさかの待機児童!!!
この時の待機児童数はひどいものでした。
えー離婚決定していても入れないの??とビックリしました。

ワンオペで子ども保育園に入れながら保育園で働く

なかなかハードルが高いと感じました。
お迎えの時間的に早番も遅番もできなくって短時間とかになってしまうので働き方も難しいのです。
娘の成長も見届けたいし、きちんと生活費も確保していきたい。

そして私は当時の境遇から、同じ境遇の働きたいけれど保育園がない保育士がたくさんいる。ひとり親のサポートが足りないと感じていました。

そうだ、従業員の子どもも預かれる保育園を始めよう!

きっと最初は大変だけれど、そのうち自分で時間をコントロールする働き方もできるはずと思ったのです。
気合と根性で保育園ができるまでのお話もまたさせていただきたいと思います。



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