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記念撮影

いつもの笑顔がそこにあった。
皆に囲まれて、嬉しそうに楽しそうに、疲れはピークなはずなのに、いつもと変わらぬ笑顔でいてくれた。
ホッとする。
機嫌が悪いと言われていたのが満更嘘ではないと何となくわかる。
リハーサルができなかったことも、ギリギリな精神状態だったことも、きっとその心のうちは私の想像を超えているのだろう。
本当のことはわからないし、わからなくてよいのだと悟る。それが、この短いファン歴で身につけた自分なりのマナー、モットー。
私はただ、たくさんの歌とギターと、その笑顔が観たいだけだ。
そのためなら、なんでもする。
みんな、笑っていた。
はしゃいでいた。
ピアノ、弾くところ初めて観て、我を忘れたと言う私に、
「ピアノくらい、僕だって弾きますよ〜」と手を脇に当てて、どうだ!みたいな様子で。
まるで少年のような笑顔だった。
「写真撮ろう!」そう言って、渡したばかりのタオルを広げた。慌てて自分のを広げた私に、
「え?そうきます?」と不本意そうな顔。一枚のタオルの端と端を持って写るつもりだったらしいとすぐに気づき、一度出したタオルをまたカバンにしまう。全く、こんな時の私ときたら、本当にダメダメな子ども以下だ。気の利かない奴と思われたくない(笑)でも、こんなやり取りも学生に戻ったみたいで、ドキマギぶりも楽しかったりする。

なんですか、この気持ちは?

私はもう片方のタオルの端を持って、そのまま引っ張られるように移動した。皆が集まり、記念撮影。
「フラッシュたけよー」
笑いながら言う。
上手くフラッシュが光らないまま、シャッターが下りた。
「だから、フラッシュがたけてないっつーの!」と怒ってみせる。もちろん、笑いながら。
時が一気に戻る。
私は数十年前にも繰り広げられたはずのこの空間に紛れ込んでしまったらしいと悟る。
あの日、あの時、もしも少しだけなにかがズレていたら、私達はもう少し違う形でこの場にいたのだろう。
こうして、はしゃぎながら。
今はあの日重ねることができなかった時間を取り返すように、私だけが必死にもがいている。
誰にも気づかれることなく。
「だーからー、フラッシュが!」まだ、言っている。はしゃいでいる。笑っている。
過ぎ行く時を惜しむように。
いつまでも、そこにとどまっていたいと願いながら。

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