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キシタコウシ

MIYOSUI的こころ「#3 キシタコウシ」
常磐通信(2008年1月20日掲載)

木下航志というミュージシャンをご存知だろうか。先月、私が勤める高校で彼のライブを開催した。高校生と一般客約800名の観衆が、彼の奏でるピアノと歌に耳を傾けた。彼から紡ぎ出されたメロディーは、白く滑らかなスパイラルとなって聴く者の懐にスッと入り込んでくる。心が浄化されていくような清々しさと、胸の奥にぽっと火が灯るような熱を感じたLoveでPeaceなライブは大盛況に終わった。

彼の存在を知ったのはネットニュースだった。「和製スティーヴィー・ワンダー」ー未熟児網膜症のため視力を失った彼は、その演奏スタイルも重なってかそう形容されていた。「へぇーすごい子がいるんだな」そう思って間もなく彼のドキュメンタリー番組が放映されるのを観た。

鹿児島生まれの彼は、2歳で母親に買ってもらったおもちゃのピアノを弾き、5歳でクラッシックピアノを始めた。ピアノの教則本「バイエル」を2回目にはジャズ風にアレンジして弾いたという。渋すぎる幼児だ。鹿児島の繁華街、天文館でストリートライブを始めたのが8歳の時。小さな体から溢れ出る彼のボーイソプラノとピアノは、瞬く間に注目を集めることとなる。

幼い彼が「Change the world」を母親に聴かせるシーンがある。アップライトピアノの前に立ってもまだ高すぎる鍵盤。そんな彼が色気のあるメロディーラインを見事に歌い上げるのを見て「何じゃいこの子は!?」と思わず笑ってしまった。「こんな幼い時からクラプトンって、どんな人生の幕開けやねん。私がこの年頃に歌ってたんは、仮面の忍者赤影(古っ)だったぞ」と彼の早熟加減に恐れ入った訳だが、こんな幼い頃からの日々の積み重ねが18歳とは思えない深みのある音を奏でる所以なんだろう。

音楽という土俵でプロとして活動する彼。「全盲の」という肩書きが先行するのは少々違和感を感じるけれど、かと言ってそれに触れないでおこうとする気の張った感じも違う気がする。「見えない」ことで彼が見てきた世界は彼のルーツであると思うし、それもひっくるめて彼の音楽や人間性が出来上がってきたことを考えると「見えない」という個性は、彼自身とともに「キシタコウシ」を作ってきたパートナーだ。

「今春高校を卒業する彼と同世代の生徒たちを出逢わせたい」そんな想いでこのライブを企画した。さまざまな壁を乗り越えながら、自分の夢に向かって歩んでいく彼の凛とした姿は、同じくいろんな悩みや夢をもつ生徒たちの心にストレートに響いたようだ。この日の出逢いが一人ひとりの今後にどのように波及していくのかと想像すると、目には見えない無限の可能性にワクワクせずにはいられない。そう「肝心なことは目に見えない」のだ。サンテグジュペリいいこと言う。

彼は歌う。「It's one and only life.」
人生は一度きり。誰しも自分の全てを受け入れることは容易ではないけれど、ないものねだりして一歩を踏み出せない人生はカッコ悪い。与えられた力を、限りある時間や環境を、存分に生かして自分にしか歩けない道を謳歌していく。そんな自然体でパワーのある生き方をしたいぜ!そう思わせてくれる彼の懐の深さに感謝。

追記:出会いから14年。一児の父となった彼は今も歌い続けている。どんだけ最高の子守唄を歌っているのか今度聞いてみよう。
秋の夜、澄んだ空気を感じながら、彼の歌声に癒されてください。


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