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365日の天使ノート(童話)

 学校の帰り道、ケンがランドセルをしょって商店街を歩いていると、『閉店セール 大安売り 全品半額』という看板が目に入った。
「何の店だろう?」
 店をのぞくと、古びた文房具屋だった。
「こんなところに文房具屋があったんだ・・」
 ケンは店に入って商品を眺めた。大きな店だが、並んでいる商品は昔のものばかりである。興味深げに歩き回っていると、店の奥の暗がりで分厚い一冊の本を発見した。透明のビニール袋に入れられた黒い本。
「何だろう? 百科事典かな?」
 ずいぶん長い間売れ残っていたらしく、ホコリまみれになっている。ケンはホコリを払い、表紙に書かれていた金色の文字を読んだ。
「365日の天使ノート・・・・」
 中身を見たいが見られない。手にとってじっと見つめていると、先週家族で見に行った映画のことを思い出した。その映画の内容は、善人には天使がついて幸運が得られ、悪人には悪魔がついて不幸が起きるというもの。あれは恐い映画だった。
「ーー坊や」
 突然、後ろから声をかけられた。ビクッとして振り返ると、頭がはげた白ひげのおじいさんがいた。店主だろうか。
「坊や、そのノートはね、五十年前、この店ができたときに仕入れたノートだよ。もう日本中どこに行っても手に入らないよ」
「五十年前・・・・」
 裏表紙を見ると値札が張られており『五千円』と書かれていた。
「五千円! 高いよ・・・・」
 ケンは目を丸くしてつぶやいた。
「坊や、高くなんかないさ。なんせ、このノートには”天使になる秘密”が書かれているんだから。天使になる秘密だよ、フフフ」
「これを読めば、天使になれるんですか」
「そうさ、このノートに書かれている指示に従えばね」
「でも、お金ないから・・・・」
「坊や、今日は半額の二千五百円。じゃあ、坊やは特別、二千円でいいよ」
 この言葉にケンの心がゆれた。昨日、今月分のお小遣い二千円をもらったばかりだ。ちょうど買えるじゃないか。
「買います」
 思わず言ってしまった。
「よし、きた。このノートは坊やに出会うため、五十年待っていたのかもしれないね」
 レジでお金を払っているとき、おじいさんが最後の忠告をした。
「坊や、このノートを持っていることも、ノートに書かれていることも、誰にも絶対言っちゃいけないよ。そうしないと天使のパワーが逃げていってしまうから」
 ケンは重たい天使ノートをランドセルに入れ、家に帰った。部屋に入ると、すぐにノートを机の引き出しに入れて隠した。部屋は妹・ハナとの共同なので、彼女に見られないよう注意しなければならない。
 その日の晩、妹が眠りについたのを見計らって、ケンはそっとベッドから起きた。電気スタンドをつけ引き出しから天使ノートを取り出した。ケンは胸が高鳴っていた。この分厚いノートに一体何が書かれているのだろう。
 表紙を開けると1ページ目に『365日の天使ノートへようこそ』とあり、めくった2ページ目と3ページ目に『ここを火であぶりなさい』と上部に小さく書かれてあり、あとは全部白紙だった。
「えっ、火であぶる? どういうことだ?」
 ケンは音をたてずに台所へ行き、ガスコンロの火でページをあぶった。すると、そこからうっすらと字が浮き出てきた。
『使用説明 あなたは知らないだろうが、この世界には天使がたくさん存在している。そしてあなたは毎日、必ず天使に最低一人は会っている。天使は人の身を借りて、あなたに幸運をあたえてくれているのだ。あなたはそんな天使を見つけ出し、天使が何をしてくれたか毎日このノートに書き記せ。一日でも書き忘れたら、天使ノートの効力は消えてしまうだろう。そうしたらゲーム終了、すみやかにノートを捨ててしまいなさい』
 3ページ目をあぶると『規則三か条 一.このノートのことを他言しないこと。二.必要以外のページをめくらないこと。三.寝る前に今日起きたことを書くこと。以上、幸運を祈る』と出てきた。
 次のページをめくると白紙が2ページ続き、さらに次のページをめくると左のページが白紙、右のページに『一日目』と書いてあった。次のページをめくると『二日目』『三日目』と、一日一ページづつ空欄となっている。
ーーあっ、必要以上のページをめくっちゃいけないんだ。一日目の明日からここに天使情報を記せばいいんだな。
 翌日、いつものように学校から帰り、家族と晩ご飯を食べ、九時頃ベッドに横になった。妹が眠りについたのを見計らって、引き出しから天使ノートを出して机に向かった。
「今日どこで天使に会ったっけ・・・・」
 ケンは今日一日のことを考えた。何か特別なことが起きるかと期待していたが、いつもと同じ平凡な一日だった。この場合どうすればいいのだ? 書かないと一日でゲーム終了になってしまう。
一日目:今晩の晩ご飯はカレーだった。おいしかった。ママは天使、ありがとう天使様。
 ウンウンうなって考え、それだけ書き記した。本当にこんなんでいいのだろうか。
二日目:学校に行くとき、ハナが「お兄ちゃん、体操服忘れてるよ」と教えてくれた。妹は天使。ありがとう天使様。
三日目:前の席の大介が消しゴムを拾ってくれた。ありがとう天使様。
四日目:授業中、となりの五郎が屁をこいた。おもしろかった。ありがとう天使様。
五日目:パパがマンガを買ってきてくれた。ありがとう。
六日目:テストの時、前の席の大介の答えが脇から見えた。教えてくれてありがとう。
七日目:お弁当のウインナーがおいしかった。
八日目:洗濯したての靴下が気持ちよかった。
九日目:クラスの美少女モエの笑顔がかわいかった。彼女は天使だ。
十日目:ハナが朝、起こしてくれた。
 どうにか十日目まできた。先は長い。なんせ365日の天使ノートである。でも本当にこれらは天使の仕業なのだろうか。
百日目:ご飯がおいしかった。
百一日目:ご飯がおいしかった。
 日が経つうちに考えるのが面倒になり、ご飯がおいしかった、を連発するようになった。
 百八十二日目にきた。この日、ページを広げると、もう残りのページがないことに気づいた。365日分書かなくてもいいのか。右のページの百八十三日目の上部に『火であぶりなさい』と、最初のページ同様のことが書かれていた。明日は何かが起こるらしい。
 翌日、百八十三日目のページをあぶると、『ここからは折返し地点、明日からはページをさかのぼり、天使を発見したその内容をそっくりそのまま誰かにしてあげなさい。してあげたなら、「完了」とページに記しなさい』と出てきた。
「な、な、なんと、明日からは今までのお返しをしなければならないのか!」
 翌日、『百八十二日目:ご飯がおいしかった』のお返しに、ケンはおいしい料理を作らねばならなくなった。
「ママ、料理手伝うよ」
「どうして急にそんなこと言い出すの?」
 ママは不審がったが、その理由は話せない。話せば天使ノートの規則に反してしまう。
 翌日も翌々日も同様、おいしい料理を作らねばならない。こんなことなら簡単なことを書いておくべきだった。ケンは面倒ながらも毎日料理を作り続けた。
 ある日、困ったことが書いてあった。『百八日目:クラスのマコのスカートからパンツが見えた。ありがとう』とある。
「どうすればいいだろう。誰かにパンツを見せればいいのか・・・・」
 仕方がないから妹にパンツを見せた。
「どうだ、ハナ。お兄ちゃんのパンツかわいいだろ」
 ハナは呆れた顔をした。『完了』
 最後の一日になった。家族にカレーを作り、夜、ノートに『完了』と大きく書き記した。
「終わった。丸々一年365日かかったーー」ケンは考えた。「明日は何が起きるだろう。天使となり、背中から羽が生えてくるのかな」
 しかし翌日、何も起きなかった。その日の夜中、ケンは天使ノートをすべて見返しながら考えた。真面目にやりとげたというのにどういうことだ? ノートを見つめていると、一日目の左のページの空白が気になった。
「もしや・・・・」
 ケンはそのページを火であぶった。するとそこから字が浮き出てきた。
『365日の修行は終わった。あなたは半年天使を探し、半年天使のごとく他者に奉仕した。おめでとう、あなたは立派な天使だ』
「えっ、これだけ? ご褒美が何もないの?」
 ケンはズッコケて床にたおれた。
 しばらく経ったある日のこと、晩ご飯を食べ終わってテレビを見ているとママが言った。
「ハナがね、作文で賞をとったのよ」
「ヘエー、ハナどんな作文書いたの?」
「”わたしのお兄ちゃん”って作文よ。お兄ちゃんはちょっと変わった人だけど、料理を作ってくれたり、洗濯してくれたり、いつもやさしくて、天使みたいだって」
「そ、そうなんだ・・・・。へへへ」
 ケンは顔を赤らめて笑った。このとき初めて天使ノートの効力に気づいた。やってきたことはムダじゃなかった。ありがとう天使様。 
                     (了)2018年作


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