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『不思議で美しい石の図鑑』は石の本の最高峰だ。

 私の本『いい感じの石ころを拾いに』のなかでも触れているが、石に関する本で私が最高の1冊と思っているのが、山田英春さんの『不思議で美しい石の図鑑』だ。

 美しい石といえば、誰でもまず宝石を思い浮かべると思うが、ここに収録されている石は、いわゆる宝石ではない。宝石よりグレードが下の貴石、のそのまた下の半貴石に属するとされる、メノウとジャスパーである。

 ところが、それがめちゃめちゃ美しいのだ。

 オールカラーで紹介された380点の石の美しさたるや、どれも奇跡的、いや、超絶的といっていいほど。

 私は石を見るのが好きだが、宝石にはまったく興味がない。ルビーだろうがサファイアだろうが、キラキラ光る透明の石なんて面白みが全然感じられない。ダイヤモンドを見ても、気分は三角定規を見るのとだいたい同じである。2秒ぐらい眺めたら、もう眺めるところがない。オパールでせいぜい雲形定規ぐらいだ。そんな三角定規や雲形定規を指に嵌めたり首からぶらさげたりして、いったい何の授業に出席したいのかと思う。分度器もいっしょにぶらさげてはどうか。

 私がいいと思うのは、そんな面白みのない宝石ではなく、造形の妙が感じられる石だ。

 いい形、いい模様、そしていい触り心地の石。人工的にカットしたのでなく、自然にできたそのままで何かを感じさせる石。それこそが、真の石である。

 この図鑑に掲載されたメノウやジャスパーは、模様が凄い。形は無骨だし、触り心地もギザギザしてきっと痛いと思うが、断面に浮かびあがった模様の見事さは、それを補ってあまりある。

〈液体が渦を巻きながら流れているかのような、または内側から雲が湧き上がっているような模様をもつ石、緻密な織物のような、巧緻を尽くした細工品のような複雑で美麗な模様の石、草花や鳥の羽毛や動物の斑紋によく似た模様をもった石、山々が連なり木々が茂る自然の景観を写し取ったかのような姿の石、または細胞の間を血管や神経が走る生物組織の細部のような姿をみせる石〉

 風景石なんて、山や丘、砂漠や湖、都市の廃墟などの絵が実際に描かれているかに見える。

 こんなに不思議で美しいのに、ふつうの図鑑の場合、これらはメノウ、ジャスパーってことで、1、2ページでざっくり説明されて終わりだと山田氏は嘆く。鉱物の組成や構造で説明すると、見た目のバラエティなど考慮されないから、どれも同じでひとくくりにされてしまうのだ。

 嘆きたい気持ちはよくわかる。私も自分の拾った石が変成岩か堆積岩か、なんてどうだっていいと思うし、それより見た目と触り心地についてもっと味わいたいし確かめたいと思う。それなのに、たいていの図鑑は、科学的に解説したり分類するばっかりで、せっかく興味を持っても、調べた途端に面白くなくなってしまう。

 かつて海の生物図鑑でも私は同じことを感じたのだった。海へ行って不思議な色と形のウミウシに出会っても、家に戻って図鑑で調べると、体長1センチから5センチ、主に太平洋の熱帯域に分布、みたいな説明で終わってしまう。さらに詳しく調べても、調べれば調べるほど、ウミウシの繁殖方法がどうとか器官がどんなといった専門的で立派な話になって、見た目の驚きからはどんどん離れていく。

 そうじゃないんだ、ウミウシの不思議な見た目についてもっと感じたいんだ!

 その意味でも、この『不思議で美しい石の図鑑』は画期的である。見た目めっちゃ重視。説明なんて読まなくたって感動できる。図鑑はこうでなくちゃいけない。冒頭の図鑑宣言とでも言える文章は、石に興味がなくても読む価値があると私は思う。

 さて、そんなわけですっかりメノウとジャスパーに首ったけな私だ。実は津軽の七里長浜に、きれいな石が拾えるからというので出かけ、石の種類などまるで無頓着に、気に入った石をたくさん拾ってきた。この図鑑を読んでわかったのだが、そこはまさにメノウとジャスパーが見つかる有名な海岸だった。

 もちろん図鑑に出てくるような凄いものが易々と見つかるわけはなく、私が拾ったのは、ちょっと色がきれいといった程度の小石ばかりだ。それでも、ひたすら石を拾う行為が楽しく、そのまま自分の趣味のひとつに定着したのである。

 先日トークイベントをやった際、各地で拾った石をスライドで延々見せたところ、うんざりされるかとか思いきや、意外なことに、石は私も拾いますよ普通に、と多くの人に共感された。いい石が拾える場所があったら連絡ください。

 ちなみに、この本の姉妹編『インサイド・ストーン』は、そうした石の中に現れる奇跡的な造形をクローズアップして見せてくれる。圧巻。

※「本の雑誌」2012年6月号『スットコランド挿絵月報』を改稿して転載

 


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