ノーベル平和賞にイランの人権活動家 ―欧米の政治的理由と矛盾
今年のノーベル平和賞はイランの人権活動家ナルゲス・モハンマディ氏に決定した。ノーベル平和賞選考委員会のライスアンネシェン委員長は、モハンマディ氏の名前を発表する際に昨年からイランで広がった反政府運動のスローガン「女性・命・自由」をイランの言語ペルシア語で語った。ライスアンネシェン委員長は、モハンマディ氏が、2011年に初めて拘束されて以来、全部で13回拘束され、有罪判決を5回受け、言い渡された刑期は合わせて31年に上ることを指摘した。
ノーベル平和賞が政治的性格をもっていることは米国のカンボジア空爆を推進したヘンリー・キッシンジャー、レバノン侵攻を行ったイスラエルのメナヘム・ベギン首相、「核なき世界」を訴えただけのバラク・オバマ元米大統領などの受賞にも見られる。近年の平和賞受賞者は、今回のイランのナルゲスさんも含めてロシアやベラルーシなど欧米と敵対する国の人権活動家・団体が受賞するケースが多い。
イランでは昨年、ヒジャーブの着用の仕方で宗教警察に拘束されたマフサー・アミーニーさんが死亡した事件によってイランのほぼ全土で抗議の声が高まった。抗議運動は、強権的手法でヒジャーブを強制したり、あるいは抗議行動を警察権力で抑圧したりすることに向けられたものである。イラン政府の権威主義的な手法に抗議し、自由を求める性格のものだ。ベールやスカーフの着用はあくまで女性の内面の問題で、着用する自由もあるし、またしない自由もある。問題は警察権力を使ってヒジャーブの着用を強制したり、抗議行動を力で封じたりすることにある。
他方で欧米諸国がイランのヒジャーブ着用強制が女性の人権抑圧だと非難するのはとかくありがちな欧米の偽善的で、傲慢な響きがあると言わざるを得ない。ヒジャーブ全般を否定し、イスラムの女性たちがヒジャーブを着用することをなくそうと欧米諸国政府などが主張することはできない。イランとは逆にフランスではスカーフ着用が禁止され、ヨーロッパ諸国ではスカーフやベールの着用が制限されるが、イスラム世界ではイスラムの復興現象もあってむしろスカーフを着用する女性のほうが増えている。スカーフ着用の女性が増加するのは、欧米化の潮流がある中でイスラムの女性たちが自らのアイデンティティを取り戻したいという想いもあるだろう。イランのスカーフ着用が問題なのはそれを強制したり、強制のために暴力的手法を用いたりすることだ。
欧米のメディアには、欧米諸国政府にイランへの介入を促す論調すらあるが、アメリカのブッシュ政権はアフガニスタンやイラクの女性たちのスカーフ着用をなくすという思い上がった意図で軍事介入して多くの市民の犠牲をもたらした。現在のイラン政府の弾圧の比ではなく、犠牲者の桁数が違う。欧米のメディアの報道ではイランの女性と連帯を示すために髪を切ったり、スカーフを焼いたりする女性の姿は強調されるが、現在イランで起きている女性たちの抗議が政府の権威主義手法に対する闘いであることを忘れさせるかのようだ。
ヒジャーブを着用するのも女性の権利と言えるが、ヨーロッパでは多くの国でヒジャーブの制限を行っている。オーストリア、フランス、ベルギー、デンマーク、ブルガリア、オランダ、ドイツ、イタリア、スペイン(カタルーニャの一部地域)、スイス、ノルウェーなどでは、イスラム教徒のヒジャーブの全面的または部分的な禁止が導入されている。
女性が体を覆うベール(地域によってニカーブ、ブルカなどという)や、あるいは頭にスカーフ(ヒジャーブ)を着用するのは、不特定多数の男性の視線をさえぎるという女性の保護を表わすイスラムのフェミニズムともいえる。
女性が体や髪を隠すというイスラムの宗教信条の一つであり、ムスリム女性にとってはその信仰心を表わすものである。女性のファッションも国や地域によって差異があり、インドネシアやマレーシアなど東南アジアの女性たちは、スカーフで毛髪を隠し、他は肌の露出は大胆にしないものの、ジーンズなど日本や欧米と変わらない服装のところもある。東南アジア諸国ではスカーフを強制しているということはない。
ナルゲスさんが唱える死刑廃止や刑務所内での人権侵害の改善という問題でも、米国には死刑制度が残るし、グアンタナモの強制収容所では水責めなどの拷問が行われてきた。ナルゲスさんの受賞の意義は欧米諸国にも向けられるもので、その自省を促している。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?