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中村哲医師が愛した赤いバラと、求められる平和創造の理念の継承

 中村哲医師とともにアフガニスタンでワーカーとして活動していた杉山大二朗さんが来訪されて自宅近隣の深大寺の蕎麦屋、深大寺、神代植物公園、鬼太郎茶屋などを歩いて回った。

 中村医師は赤いバラが大好きで、庭の手入れをするアフガン人も中村医師の目につくところには先生に喜ばれるように、バラをきれいに手入れして飾っていたそうだ。それも中村医師への敬意からの行為だった。

 神代植物公園では毎年5月、10月には赤いバラが咲き乱れるが、赤いバラの花言葉は情熱、愛情、美で、アフガニスタンの平和や、アフガン人支援のために力を尽くした中村医師にはまさにふさわしい花言葉だ。

神代植物公園の赤いバラ 2022年5月


 アフガニスタンの人々には自分たちの生活のために尽くしてくれる中村医師に自ずと敬意や親愛の情がわいた。自分の目の前に具合が悪そうにしているアフガン人がいれば、中村医師は黙っていることなく、即座に救助に動いたと杉山さんは語っていた。7月28日に「アフガニスタンの “親日化” に貢献した2人の日本人『中村哲』『緒方貞子』」という記事が「FLASH」に掲載された。

 中村医師は「アフガニスタンは世界一の親日国」とことあるごとに書いていた。「世界で一番親日的な国はアフガニスタンだといってもいいでしょう。私たちが国境を通過する時に、外国人は通過禁止となっている時も、日本人だというと、『アフガン人ではないが外国人とは言えない』と通してくれるのです。日本人には特別な感情を持っているようです。どうしてか分かりませんが、彼らが知っているのは、日露戦争、それから広島・長崎の原爆はどこに行っても、どこのお百姓でも知っていました。アフガニスタンの知識人も含めて信じられている日本についての迷信があって、日本とアフガニスタンの独立記念日は同じだ、というものです(笑)。」(中村哲医師)

 「FLASH」で紹介されるもう一人のアフガニスタンの親日化に貢献した日本人の緒方貞子さんについては私の個人的な体験なのだが、彼女が構想したアフガニスタンの伝統的な焼き物であるイスタリフ焼きの復興の可能性についてイスタリフに調査に出かけたことがある。また、南部の都市カンダハルを訪れると、そこには通称「オガタ通り」というJICAがつくった道路があった。カンダハルはタリバンの拠点であったところで、対テロ戦争の激戦地、同市に派遣されたカナダ兵は150人余りが犠牲になった。現地の人々から感謝されていたのは、カナダ軍のようなNATOの軍事行動ではなく、道路などインフラを整備する日本の平和創造の活動だった。現在、岸田首相はそのNATOと一体化しようとしている。今日、中国軍とロシア軍の艦船が宗谷海峡を通過したというニュースがあったがNATOと一体化する日本に対する牽制の意味があるのだろう。NATOとの一体化は日本の安全のためには決してならないと思う。

カンダハルのオガタ・ロード

 中村医師に最初にお会いしたのは2001年の911の同時多発テロの直後のEテレの番組だった。先生は見た目、お百姓さんという感じだったが、杉山さんの話だとお百姓さんに見られることを喜んでおられたという。中村医師は現地の人の中に溶けこんで生活することにプライドをもっておられたということだろう。中村哲医師は加藤清正の治水・利水事業に関心をもっていた。彼はマルワリード用水路の取水口を建設する際に福岡県の山田堰の構造を参考にしたが、さらに加藤清正の治水事業など日本の伝統工法をアフガニスタンの灌漑に役立てたいと考えていたのだろう。その構想を引き継ぎたいと杉山さんは語っておられた。

加藤清正公の治水 https://www.qsr.mlit.go.jp/.../more/kiyomasa_chisui.html

 福岡北部の遠賀川で石炭の輸送に係わる人々を「川筋者」と言って、気性は荒いが、他人の面倒見がよく、人のために一肌脱ぐ、人生意気に感ずるような人たちのことを形容したが、この川筋者についても書き残したいと杉山さんは述べておられた。日本が世界から愛されるのは中村医師のような平和創造の活動や理念であり、日本人がそれを継承することは、欧米と米ロが対立する冷戦構造の時代に戻ったいまほど切実に求められているように思う。

杉山大二朗さんと 7月29日、鬼太郎茶屋で



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