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ティナ・ターナーと、アメリカの人種差別、核兵器

 「ロックの女王」と形容され、「プラウド・メアリー」のカバーなどの大ヒットがあった歌手ティナ・ターナー(1939~2023年)が亡くなった。人種差別のあった時代にその歌唱力とダイナミズムで一世を風靡した。彼女の歌のルーツにはブルースやゴスペルがあり、黒人と白人の隔たりが厳として存在する時代にミック・ジャガーと共演してみせたすごさを語る人もいる。

 1964年にアメリカでは公民権法が成立して人種差別のない社会となることが強調されたが、しかし社会生活の多くの面で人種や女性に対する差別や偏見が見られ、彼女のダイナミックな歌や踊りはアメリカ社会の古い殻を破りたい気迫にあふれていたようだった。

もし君があの川を下ってゆくなら
そこに住む人々にきっと出会うだろう
お金がなくたって心配はいらない
川に住む人々が 喜んで恵んでくれる

 この「プラウド・メアリー」の歌詞の一節は彼女が思い描いたアメリカ社会の理念だったのかもしれない。アメリカのアフリカ奴隷たちは、出身地域の文化や伝統から切り離されが、しかしそれらを保持しながら、独自の方法で表現するようになった。アフリカ奴隷たちは、出身地の楽器を使うことは禁じられたが、アメリカで普及したバンジョーなどの弦楽器を用いて彼らがひき継いだ伝統音楽の情感を表現するようになったこともブルースなど黒人音楽の起源となった。また、ゴスペルは白人の宗教音楽、クラシック、黒人音楽が融合して、アフリカ的なリズムとともに黒人の心情が表現されるものだ。

 アメリカの黒人解放運動家のマルコムX(生まれた時はマルコム・リトルという名前だった:1925~1965年)はネブラスカ州のオマハで貧しいクリスチャンの家庭に生まれた。彼は、父親が殺害され、また母親が精神病院での生活を送り、さらに兄弟たちが孤児院での生活を余儀なくされるようになったのは、すべて白人のせいだと考えるようになった。こうした不幸な家庭環境は、彼の思想形成に大きな影響を及ぼすことになった。窃盗罪で逮捕され、6年間刑務所で生活を送るうちに彼は知的な関心をもつようになり、東西の哲学、文学、キリスト教、遺伝学などの文献を読みあさり、その読書量はアメリカの平均的な大学生のそれを容易に上回るといわれたほどであった。

「平和と自由を切り離すことはできない。自由がなければ平和に到達することはない。」ーマルコム✕ https://ilearnhighschool.com/featured-student-submission-you-cant-separate-peace-from-freedom-by-ethan/?fbclid=IwAR19sDBV-qpgCbqdJQmHkovQrl6MEi4jjoSNmf83BcrgblOqux7LSISfPFw


 マルコムXは、黒人ムスリム組織「ネーション・オブ・イスラム」の指導者イライジャ・ムハンマド(1897~1975年)の「神は黒人であり、アフリカ系アメリカ人を解放し、悪魔、白人の抑圧者を殲滅する」というレトリックに大きな感銘を受け、1952年にイライジャ・ムハンマドを訪ねてイスラムに入信し、ファミリー・ネームの「リトル」は白人から強制されたものだとして「X」に変えた。1954年、マルコムXは、イライジャ・ムハンマドによって、ニューヨーク・ハーレム地区にある「第七寺院」の指導者となり、その激越な人種主義批判のレトリックは彼を黒人解放運動の指導者に押し上げていった。

 マルコムXが1964年6月6日にニューヨーク・ハーレムで日本の反核運動家の松原美代子さん(1932~2018年)らに会ったことはあまり知られていない。松原さんにとっては「世界平和巡礼」で1962年に初渡米してから2度目のアメリカ訪問だった。

「市民が描いた原爆の絵」 (松原美代子作) https://www.pcf.city.hiroshima.jp/.../contents/07.html


 マルコムXは、平和と人種主義の関連について松原さんたち被爆者に語り、広島や長崎に原爆を投下したトルーマン大統領の決定は軍事的必要性というよりも、白人至上主義によって行われたものだと主張している。「あなた方は原爆によって深い傷を負いました。私たちも同様でした。私たちを襲った原子爆弾は人種差別によって投下されました。」と語っている。原子爆弾というのは人類の普遍的な問題なのだからそれは広島や長崎に留まらない、だから被爆者たちもアメリカのベトナム戦争にも抗議してくださいというのが彼の訴えだった。

 アメリカの黒人社会は最も早くから核兵器に反対し、核兵器に使われる莫大な予算が貧困対策など社会政策に用いられるならば、黒人たちに多くの教育機会が与えられ、アメリカでは差別はずっと少なくなっていただろうとマルコムXやキング牧師たちは考えた。

「私には夢がある。それは、いつの日か、この国が立ち上がり、「すべての人間は平等に作られているということは、自明の真実であると考える」というこの国の信条を、真の意味で実現させるという夢である。」 https://www.facebook.com/ABCNews/posts/55-years-ago-martin-luther-king-jr-gave-his-i-have-a-dream-speech-in-washington-/10157609980058812/


 松原さんの「戦争は人間によって始められ、平和は私たちが苦難を共有することによって始まります。私たちは憎しみに打ち克ち、互いに愛することを学ばなければなりません。人類にとって最も重要な義務は宗教、芸術、文化、スポーツ、教育、経済支援を通じて友好を養い、促進することです。」という言葉は、神への愛を訴え、神の前の平等を説くイスラムに献身したマルコムXには容易に理解できるものであった。また人種や国を超えて音楽という芸術で多くの人々の感性に訴えるティナ・ターナーのようなアーティストたちの願いでもある。

アイキャッチ画像はティナ・ターナー「プラウド・メアリー」
https://ameblo.jp/gfm-303/entry-12350922878.html

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